沖縄戦78年「慰霊の日」、知事「対話による緊張緩和が必要」…式典4年ぶり通常開催

沖縄は23日、多くの住民を巻き込んだ太平洋戦争末期の沖縄戦の犠牲者を悼む「慰霊の日」を迎えた。78年前、最後の激戦地となった沖縄県糸満市 摩文仁 (まぶに)の平和祈念公園では、県と県議会主催の「沖縄全戦没者追悼式」が開かれた。新型コロナウイルス対策の緩和に伴う4年ぶりの通常開催で、多くの参列者が世界で続く戦禍を憂え、平和を求める誓いを新たにした。
式典には玉城デニー知事や岸田首相、衆参両院議長、遺族ら約4000人が参列した。近年はコロナ禍を受け、参列者数を327人(2022年)、36人(21年)、161人(20年)と制限してきたが、今年は約5100人が参列した19年以来の規模となった。
昨年7月に安倍晋三・元首相、今年4月に岸田首相がそれぞれ遊説中に襲撃された事件を受け、県警は過去最大の警備態勢を敷いて警戒にあたった。
玉城知事は「平和宣言」で、沖縄における防衛力強化の動きに対し、「地上戦の記憶と相まって、県民に不安を生じさせている」と指摘。安全保障環境が厳しさを増すアジア太平洋地域においても「対話による緊張緩和が必要」と述べた。沖縄に集中する米軍基地の整理・縮小も求めた。
岸田首相は来賓あいさつで、「安全保障環境は戦後最も厳しい状況にあるが、不断の努力を重ねる」と決意を示し、沖縄の基地負担については「軽減に全力で取り組む」と述べた。
沖縄戦などの犠牲者の名前を刻んだ同公園内の「平和の 礎 (いしじ)」には、早朝から遺族らが訪れ、戦没者の 冥福 (めいふく)を祈って手を合わせた。
今年は新たに365人の名前が追加され、刻銘者数は計24万2046人となった。沖縄へ向かう途中に鹿児島沖で沈没した戦艦「大和」乗組員の広島県出身者らがまとまって刻銘されたためで、12年ぶりに追加刻銘者が100人を超えた。
◆沖縄戦=1945年3月下旬から4月初めにかけて慶良間諸島や沖縄本島に上陸した米軍と日本軍の間で起きた戦闘。民間人を巻き込んだ激しい地上戦となり、日米で計20万人以上が死亡した。うち一般県民の犠牲者は約9万4000人に上る。沖縄の防衛を担った第32軍の牛島満司令官らが6月23日に自決し、組織的戦闘が終結したとされる。