郡山(奈良)元監督で甲子園に春夏11度出場した森本達幸(もりもと・たつゆき)さんが、心不全のため24日に奈良・大和郡山市内の病院で死去したことが25日、分かった。88歳だった。
投手だった関大では、2学年下の村山実(元阪神監督)らと同僚で、4年時の56年に全日本大学選手権で優勝。社会人の京都大丸を経て、63年4月から郡山の監督に就任した。
現役時代に甲子園出場経験がなく、「後輩を連れて甲子園に行きたい」との思いから、進学校である母校の強化に尽力した。甲子園の最高成績は71年夏の4強で、甲子園通算11勝11敗。74歳だった09年夏に監督を勇退するまで母校一筋47年、4200試合を超える試合を指揮した。11年4月には大阪桐蔭高総監督に就任。教え子にはロッテ・荻野貴司らプロ野球選手をはじめ、多くの指導者も輩出した。