照明の力でイチゴ(ストロベリー)をストロングなベリーに-? 赤いライトは害虫をおとなしくさせる? そんな不思議な農業が成果を上げている。光の効果でできるだけ農薬を減らし、果物や野菜を栽培するのがねらいだ。京都で約400年続く京野菜農家の樋口農園。訪ねた北区のビニールハウスは真っ赤に照らされ、近未来の空間のようだった。
「イチゴは子供らが大好きな果物。子供が食べるもんやからこそ、なるべく無農薬にしたいと思って、いろいろと探して取り組み始めたんです」と話すのは、樋口農園の14代目、樋口昌孝さんだ。
春に向けて例年、酸味が少なく甘いイチゴ品種「章姫(あきひめ)」を栽培している。そんな思いから展示会などに足を運び、出合ったのが光を利用して農薬を減らす技術だった。
今年の春先、辺りが暗くなり始めた夕方に住宅地の中にあるビニールハウスを訪ねると、真っ赤なドームが人目を引いた。
「実は赤色のほかにも種類の違うライト、計3種を使っているんです」と樋口さん。
中に入ると、青っぽい白色の蛍光灯、真っ赤な縦長のライト、横長で緑色に光るライト-と見た目も色も違う3種類の照明がこうこうと周囲を照らし出している。
免疫アップの紫外線
まずは、青白い蛍光灯。メーカーはパナソニックで、同社は20年以上前から、昆虫と光の影響に関する研究を始めたという。10年ほど前から、イチゴの「うどんこ病」発生を抑え、害虫のハダニも抑制する「UV-B電球型蛍光灯」を発売した。
「うどんこ病」はその名の通り、植物の葉などに白いうどん粉をまぶしたような白いまだら模様が現れる病気で、菌が原因だ。また、ハダニは小さく見えにくいが、葉の裏に寄生して植物を枯らしてしまう。
ところが、蛍光灯の適度な紫外線(UV-B)をイチゴに当てるとそれが刺激となり、イチゴ自身の免疫を活性化させることがわかった。つまり、〝体力〟がアップして、病気の発生を抑えてくれるという。さらに、ハダニに対しては卵の孵化(ふか)や成虫の産卵といった活動を抑制する効果があり、虫が増殖するのを防ぐこともわかった。
その結果、農薬を使う量が減るという仕組みだ。
虫の動きを抑制 赤色LED
次に赤色LEDの効果。「アザミウマというやっかいな虫を撹乱(かくらん)してくれるんです」と樋口さんはニヤリ。
野菜や果物を栽培する農家にとって、アザミウマ類の害虫は難敵だそうだ。イチゴやメロンなどの果物のほか、ナスやキュウリ、ピーマンといった野菜も好み、葉や実に傷をつける。増殖能力が強く短期間で増えるほか、薬剤への耐性を発達させやすい害虫だ。農薬を使えば一定の効果があるが、農薬だけに頼らない方法が模索されてきた。
赤色LEDは岡山県備前市のメーカー、ユニコ・ゼロビーム事業部の製品で、同農園では5年前に初めて設置し、昨年にも追加して成果を上げているという。
仕組みは、日中、虫に赤色LEDの光が当たるとその色や波長の影響で、植物に定着する率が下がる。その結果、成虫の産卵が減って全体の数も減っていくそうだ。
「いつ、どのくらいの時間、照射すれば効果的か、手間のかかる部分はあるが、効果はあって、明らかに虫も病気も減っている。今年は結局、最後まで農薬を使わずにイチゴを栽培できた。これはすごいこと」と樋口さんはその効果を実感する。
もう一つ、緑色の照明は虫を集めて捕獲する「虫取り機」で、三者三様の機能で今春は〝無農薬イチゴ〟作りに成功したといえそうだ。
課題はコスト
こうした照明は、害虫や菌には効果的で、植物への影響はないとされる。いいことばかりだが、設置にコストがかかるのが難点だ。
樋口農園では2棟のビニールハウスに、配線設備なども含めて200万円近くを投資した。それでも販売価格は「みんなが買える値段でないと」と500円以下に抑えた。
最近、多い水耕栽培なら害虫や病気のリスクは低く、「収穫も楽ですが、やはり土で育ったものでないと」とこだわる。すでにイチゴのシーズンは終わり、次は夏野菜のキュウリを栽培する予定だ。
「ぼーっと赤く浮かぶハウスを見て何だろう? と思われるかもしれませんが無農薬をめざしていい結果が出ている。ただ、気温が上がるとまた環境が変わるので、次は夏の野菜でもどれだけ農薬を使わず栽培できるか。楽しみです」と樋口さんは話している。
<樋口農園>
京都で400年前から農業を営む京野菜農家で、樋口昌孝さんが14代目。北区鷹峯を中心に鷹峯とうがらし、賀茂なす、聖護院だいこんなどの京野菜をはじめ旬の野菜を栽培。大人や子供の食育にも力を入れる。料理人やシェフのファンが多いため一般に出回ることは少なく、料亭やホテル、レストランで使われるほか、一般向けには一部の直売所などで販売されている。
(編集委員 山上直子)