「安倍の死がもたらす政治的意味、結果、最早(もはや)それを考える余裕は私にはありません」
昨年7月6日夜、奈良市内のワンルームマンション。手製銃を試作改良する作業場と化していたその部屋で、山上徹也(42)=殺人罪などで起訴=はパソコン上のメモを上書きし、印字した。
折しも参院選の真っただ中。憲政史上最長の首相在任期間を誇った安倍晋三=当時(67)=が翌7日に岡山市内で演説することは、3日前からパソコンでリサーチ済みだった。
7日午前4時。夜明け前から動き出した山上は、家庭崩壊の元凶として憎悪した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の奈良市内の施設に向け手製銃を試し撃ちした。出来栄えを確認し、コンビニでビールを買った。
その日の午後7時前、岡山入りした山上は、演説会場近くのコンビニ内のポストに手紙を投函(とうかん)した。宛先は島根県内の男性フリージャーナリスト。封筒には印字した先の文書を入れた。事実上の犯行声明だった。
だが会場の出入りを狙う襲撃計画は警備に隙がなく失敗に終わる。帰路の新幹線車内。半ばあきらめつつネット検索をすると、翌8日に安倍が奈良市内で街頭演説するという新たな告知がアップされていた。
《初めまして、家族に信者がおり、統一教会をウォッチしている者です》
これに先立つ6月29日、山上は自身のツイッターアカウントから、統一教会問題を長年追及してきたジャーナリスト、鈴木エイトにメッセージを送った。
鈴木の著作『自民党の統一教会汚染2 山上徹也からの伝言』(小学館)によれば、山上はメッセージの中で、教団が7月10日にさいたま市内で開く催しに触れ、「参加者等ご存じのことはないでしょうか?」と尋ねた。鈴木は返信で催しについての情報提供に感謝したが、参加者は把握していなかった。
鈴木はこのやり取りを踏まえ、山上が6月下旬の時点でも「他の政治家や教団幹部を狙うという第2、第3のプランを当然練っていたと思う」と推測する。だが7日の手紙発送により「タイムリミット」が設定された。「自分が育った街に安倍さんが来る。運命的なものを感じただろう」
《朝鮮民族主義の極右である統一教会は全世界の敵であり、当然日本の不倶戴天(ふぐたいてん)の敵でもある》
山上は自身のツイッターアカウントに韓国発祥の教団への怨嗟(えんさ)を繰り返し書き込んでいた。日本の保守政治家と教団とのつながりを報じた鈴木の記事なども参照し、以前から問題視していたことがうかがえる。
だが安倍政権に対しては肯定的評価の方が目立つ。《安倍晋三という人間の政治手法を否定する為に結果まで否定する必要はない》と擁護するほどだ。
教団では2012年に創設者の文鮮明(ムン・ソンミョン)が死去すると、息子たちによる覇権争いや、文の3番目の妻で総裁の韓鶴子(ハン・ハクチャ)との対立が表面化し始める。
教団は一枚岩ではなく、係累の誰かの死は、別の誰かを利する-。少なくとも山上はそう感じていた。
岡山で投函した手紙ではこのジレンマに触れ、文の息子や韓を襲撃しない理由に挙げている。「どちらにしても私の目的には沿わないのです」
では目的は何か。山上にこんな示唆的なツイートがある。《2世の苦しみか。実に下らない。親を殺してニュースになる2世が現れて統一教会の名が出れば許してやろうかとも思うが》
文一族への個人的報復と教団全体への打撃。2つを天秤(てんびん)にかけた山上は、最終的に冷めた頭で後者を選び取った。外交や経済面での功績を個人的にも評価していた安倍の死が、日本の国益にどう影響するか、その「政治的意味」までは見通せない。ただその死を機に「統一教会の名」がトピックとなり、世論の矛先が向かえばそれで良い、という独善的な選択。事実、山上は先の手紙に安倍は「本来の敵ではない」と書いている。目的は暴力の効果の最大化だった。
令和4年7月8日午前11時31分8秒。山上の銃弾が安倍を貫く。計画から実行まで1人でやり遂げるローンオフェンダー。新たなテロリストが誕生した。
人格の断片 ネットに埋め込む
広大なネット空間においては、路傍の石ころほどの存在感もなかった。元首相銃撃事件を起こす前の山上のツイッターアカウント「silent hill333」のフォロワー数はわずか1人。それでも山上は逮捕直前まで、自身の思想信条の断片を細々と発信し続けた。
確認できる最初のツイートは元年10月13日。統一教会が愛知県で開いたイベントで、来日した韓襲撃を計画し、会場に入れず断念した、その1週間後だ。
教団への恨み、熱心な信者で家族を破産させた母親との確執、自殺した父親のこと。安倍晋三、石破茂、自民党政権。新型コロナ、マスク、北朝鮮情勢にロシアのウクライナ侵攻…。
とりとめのない書き込みが、山上の人格をおぼろげながら浮かび上がらせる。嫌韓、保守的思考、偏った女性観、孤独-。
一連のツイートと対照的なのは、島根県の男性フリージャーナリストのブログに「まだ足りない」というハンドルネームで書いた教団関係のコメントだ。
《何の遠慮がいろうか?
我、一命を賭して全ての統一教会に関わる者の解放者とならん》(令和2年12月12日)
《復讐(ふくしゅう)は己でやってこそ意味がある。
不思議な事に私も喉から手が出るほど銃が欲しいのだ》(同12月16日)
教団への憎悪をあけすけに語り、自己陶酔的な響きもある。山上が後に明かしたところでは、手製銃の製作を始めたのはこの時期からだった。
テロリズムが専門の明治大公共政策大学院特任教授、小林良樹の著作によれば、テロの定義については学説上いまだ見解が分かれているが、おおむねのコンセンサスがある基本的な要素として①政治的な動機②恐怖の拡散③暴力の使用・暴力による威嚇-が挙げられる(『テロリズムとは何か』慶応義塾大学出版会)。
1980年代以降、イスラム過激派による組織テロが激化し、2001年の米中枢同時テロでピークに達すると、米欧各国が対策を強化。既存テロ組織の掃討を進めた結果、国内自立型の攻撃が主流となる。その中でも特に単独犯の形態が「ローンウルフ」「ローンオフェンダー」と呼ばれるように。事前の兆候がつかみにくく、組織テロよりはるかに対処が困難という特徴がある。
米連邦捜査局(FBI)がローンオフェンダーによる52件のテロ事件を調査したリポートによれば、容疑者の96%が他人に発見されることを意図した文章やビデオなどを作成していたという。「彼らが完全に孤立することはない」とFBIは未然防止の観点からこの点に注目するが、孤立ゆえにつながりを求めるとみることもできるだろう。
山上は事件直前に送付した犯行声明ともいえる手紙の中でツイッターアカウントと「まだ足りない」のハンドルネームが自分であると明かした。ネットの大海から、自己の人格が発見されることを望んだのだ。
海外での先行研究によれば、ローン型テロでは反人工中絶や反性的少数者の立場からの犯行など動機・目的も多様化し、レイシズム(人種主義)やヘイトクライム(憎悪犯罪)との境界も曖昧になっている。伝統的な「政治的な動機」というテロ要素に、厳密には当てはまらない混沌(こんとん)が新たなテロ時代の地平をなす。
山上の一連のツイートについて犯罪心理学が専門の目白大准教授、財津亘に分析を依頼した。単語の出現頻度や単語間の関連性を調べる「共起ネットワーク」という手法で年ごとに解析してもらったところ、アカウント開設初年で「統一教会」は17回、「安倍」は8回登場。翌年も「安倍」24回、「統一教会」17回で、出現頻度も高かった。
もっとも使用文脈をみると、「安倍」の場合は集団的自衛権やコロナ政策など統一教会とは関連のないトピックが多い(図解参照)。財津はこうした傾向から「両者は常に意識下にはあったが、2つをつなげて話題にすることはあまりなかった」と指摘する。
もちろん、両者を一体的に取り上げたツイートもある。だが安倍政権や政治家としての安倍を是々非々で語り、銃撃直前まで客観的に論評していた点は山上の暴力が安倍への敵意に発していないことを裏付ける。
テロリストの思想にくみしないことが国際的な報道の潮流となる中、日本では教団に翻弄された山上の半生が過度にクローズアップされ、危うい同情論が人口に膾炙(かいしゃ)した。勾留中の山上のもとには激励の手紙が多数寄せられ、山上はそのすべてに目を通しているという。事件後に得た他者からの共感こそ、山上がその暴力の延長線上に見据えていたものなのではないか。(呼称、敬称略)
◇
社会を震撼(しんかん)させた安倍晋三元首相銃撃事件から8日で1年。この間、岸田文雄首相を狙った模倣犯的な事件も発生、新たなテロ時代の到来が叫ばれる。社会から孤立したローンオフェンダーの実相に迫り、脅威への備えを考える。
ローンオフェンダー 特定組織に属さない単独のテロ犯のこと。単独を意味する「lone」と、攻撃者を意味する「offender」を組み合わせた言葉。犯行手段・方法について外部からの指揮・指示を受けず、個人で考案・実行する点に特徴がある。