《偽造署名でJA共済を勝手に契約》“自爆営業”でひっ迫するJA職員の生活「娘の誕生日プレゼントも買えない」

ジャーナリストの窪田新之助氏による「【農協〝不正販売〟の手口】契約書の署名を偽造された」を一部転載します(「文藝春秋 電子版」オリジナル記事)。
『農協の闇』出版後に届いた被害者の声
職員がノルマを達成するためには、当然ながら新たな契約を獲得するしかない。だが、毎年のように襲ってくる過大なノルマを達成するだけの新規顧客が、都合よく周りにいるわけでもない。とくに農村部ほど人口減少は著しい。
そこで、既存の顧客に既契約から別契約への「転換」や「解約新規」を勧めることになる。各地域のJAによって違いはあるものの、新規契約から1年や2年ほどの一定期間が経つと、転換や解約新規でも、営業ノルマのポイントとして計上されるからだ。
もちろん顧客が納得したうえで契約を変更するのなら、何も問題にはならない。だが、実際には顧客との間でトラブルになっている事例が全国で頻発しているのだ。ときには顧客が知らないうちに、あるいは騙されて、転換や新規契約が結ばれる悪質な事例もある。過大な営業ノルマに耐え切れず、職員たちは自爆営業どころか不正販売にまで手を染めてしまう実態があるのだ。
私は、JA共済を巡るノルマや自爆営業、不正販売の実態について、拙著『農協の闇(くらやみ)』(講談社現代新書)で追及したが、出版後、JA共済の契約者やその家族、職員など不正販売の被害者たちから、実に多くの苦情の声が、私のもとに届くようになった。
家族や近所の知人がJA職員で、そんな信頼していた人たちに騙され、不利益を被った話も数多く寄せられた。今回は特に悪質と思われる事例に絞って、周到に仕掛けられた不正販売の実態と、被害者の苦しい心のうちを紹介したい。まずは、家族に騙されたという俄かには信じがたい事例から見ていこう。
妻の署名を偽造した職員
「夫が私の名前を使って、勝手に契約したんです」
こう打ち明けるのは、西日本にあるJA職員の妻・佐藤恵子さん(仮名)。彼女が訴えるのは、教育資金の備えである「こども共済」の不正契約だ。
ある日、夫が不在のとき、JAから封筒が届いた。中に入っていたのは、こども共済の契約書。目を通すと、なぜか2020年に生んだ自分の娘が、佐藤さんのあずかり知らぬところで契約させられていたのだ。佐藤さんは仰天した。それと同時に怒りも覚えた。法定代理人の欄を見ると、夫と自身の名前が署名されていたからだ。
「たしかに夫の名前の欄は夫の筆跡で書かれていました。ただ、私の方は明らかに筆跡が違っていたんです」
実際に契約書の署名を見せてもらうと、別の誰かが書いたという佐藤さんの署名は至って平板な字体だ。一方、佐藤さん自身が書いた字体も見せてもらったが、一画一画が右上がりになる癖がある。明らかに違う筆跡だ。
佐藤さんはすぐさま、なぜ契約したのかと夫を問い詰めた。すると、夫は「ノルマのためにやった」と認めたという。ただ、佐藤さんの署名を代筆した人物については、最後まで「自分でやった」と答えるだけで、明かそうとしなかった。佐藤さんは「あれは、主人の筆跡ではない」と、今も納得していない。
子どもの誕生日プレゼントも買えず
佐藤さんは、夫と娘と3人で暮らしており、彼女の日常は多忙を極める。3歳になったばかりの娘の世話だけではなく、生活費を稼ぐために最近は本業とは別にアルバイトをするようになった。おまけにJA職員の夫は土日出勤が多く、有給休暇もろくに取れない。
「子どもが病気になると私が仕事を休まねばならない。そうなると生活費を稼げないので、精神的に追い詰められています」
私が半年前から始めた佐藤さんへの断続的な取材は、彼女の希望で主にメールやLINEで行った。ときどき、彼女から生活の様子を伝える写真が送られてきたが、あるときは「こども食堂」でもらったという夕食用のハンバーグ弁当が写っていた。「子どもは無料で頂けます。助かります」というメッセージが添えてあった。
またあるときは、山崎製パンの「まるごとバナナ」を輪切りにし、その周りにイチゴを並べた自作の「ケーキ」の写真も送られてきた。娘の誕生日を祝いたいものの、市販のケーキを買う余裕はなかったのだ。もちろん、誕生日プレゼントも買えない。
そんな切り詰めた生活を送る中で突然、考えてもいなかった「こども共済」の契約を結ばされていたのだ。しかも、家族である夫と、誰かもわからない職員の手によって。

窪田新之助氏の「 【農協〝不正販売〟の手口】契約書の署名を偽造された 」全文は、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
(窪田 新之助/文藝春秋 電子版オリジナル)