岸田文雄政権の支持率が軒並み低下している。
共同通信が7月14~16日に行った世論調査で、支持率は34・3%と6月の前回比で6・5ポイント下落、岸田内閣で最低水準となった。同時期の朝日新聞調査も前回比5ポイント減の37%だ。
「青木率」と呼ばれる〝指標〟がある。内閣官房長官や自民党参院幹事長などを経験した重鎮、青木幹雄氏は、内閣支持率と自民党(与党)支持率の合計が50を割ると、内閣は危険水域に突入するとの持論を持っていた。
それに基づけば7月7~10日の時事通信調査は深刻だ。内閣支持率は前月比4・3ポイント減の30・8%。自民党支持率の23・6%との合計は54・4まで落ち込んだことになる。
もっとも、危機は今に始まったことではない。1月の時事通信調査で、岸田内閣支持率は26・5%、自民党支持率は24・6%。計51・1で、青木率の危険水域寸前だった。
この時は、5月に開催された広島G7(先進7カ国)サミットという助け舟があった。自由主義諸国のリーダーが集うなか、核不拡散を宣言し、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が電撃的に日本へ駆け付けた。
岸田首相は、長期政権への展望を抱いたに違いない。
だが、好機は続かない。「精神安定剤」と言われた長男、翔太郎氏は政務秘書官を辞任した。「懐刀」とされる木原誠二官房副長官は、週刊誌に次々と〝疑惑〟を報じられ身動きが取れない状態だ。
G7サミットでは、広島空港に到着したゼレンスキー氏出迎えの大役を果たした木原氏だが、岸田首相のNATO(北大西洋条約機構)首脳会議出席のための欧州訪問や中東歴訪には同行しなかった。
9月とも噂される内閣改造・自民党人事で、木原氏はどう処遇されるか。財務省出身で岸田首相をサポートし、霞が関との調整役も担っていたが、さらに重要な役回りもあったはずだ。岸田首相率いる宏池会ナンバー2、林芳正外相への牽制(けんせい)だ。
岸田首相が93年に初当選した2年後の95年、林氏は参院山口県選挙区で初当選した。党要職の経験はないが外相、文科相や農水相など閣僚経験は十分だ。
岸田首相に先んじて2012年の総裁選に出馬、21年には衆院にくら替えした。
衆院小選挙区を「10増10減」する公職選挙法改正により、選挙区が減った山口県で、故・安倍晋三元首相の地盤を含む新3区を獲得した。自民党山口県連は林派が主導権を握っている。
岸田首相は獅子身中の虫を抱えているともいえる。「親中派」と目される林氏に党内にも懸念の声がある。だからこそ、木原氏は米国のラーム・エマニュエル駐日大使に近づいたと見ることもできる。
いずれにしろ、岸田政権の漂流は止まらない。国民はどこに希望を託せばいいのか。 (政治ジャーナリスト 安積明子)