「生活のために1億が必要」寝ていた伯母を階段の上から落とし、元伯父宅に放火…母親に凄惨な暴行、親族ら2人殺害“男の正体”

ロンドンに育ち、カナダの名門大学を卒業後、外資系企業を渡り歩き、東京・赤坂にマンションを購入。順風満帆な人生を送っていたように見えていたその男は、やがて伯母を階段から突き落として殺害し、さらには伯母の元夫の家に放火し、殺害した。
「生活を維持するために1億が必要」
母親にそう語っていた男は事件前、親類の家から金目のものを盗み出し、メルカリで売りまくる生活をしていた。伯母の住んでいた土地に目をつけ、伯母の元夫からは数千万円の借金をしていた。一体どういう経緯で事件に至ったのか。千葉地裁で開かれている公判で明らかになったのは、全てこの男が自ら招いた結果ということだった。(全2回の1回目/ 後編 に続く)
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殺人や放火、複数の罪で起訴
2021年4月、伯母の姫野旬子さん(当時64)に不凍液を複数回飲ませたのち、階段から突き落として殺害。さらにその元夫・渡辺和彦さん(65=同)の家に放火し殺害したとして殺人や現住建造物等放火の罪に問われている無職、一倉大悟被告(32)の裁判員裁判が現在、千葉地裁(水上周裁判長)で開かれている。7月7日には検察側が一倉被告に無期懲役を求刑した。
彼が問われているのは2件の殺人や放火だけではない。自身の母親・姫野富士子被告(64)を監禁して緊縛し、暴力を振るい肋骨多発骨折などの重傷を負わせ金を奪ったという強盗致傷、逮捕監禁致傷のほか、同じく母親に対しそれ以前にも暴力を振るったという傷害罪、そして伯母の元夫の家族のクレジットカードでロレックスを購入したという有印私文書偽造・同行使や詐欺などの罪でも起訴されている。
不凍液で「伯母を殺す気はありませんでした」
被告は伯母を階段から突き落とす前に複数回、毒性のある不凍液をウイスキーやコーラなどに混ぜて飲ませていた。最終的に階段から突き落として殺害したことは認めているが、不凍液を複数回飲ませた行為の一部については「伯母を殺す気はありませんでした」と6月26日の初公判罪状認否で否認している。伯母の元夫である和彦さん殺害については認めていた。
大悟被告の母親・富士子被告も大悟被告とともに、自身の姉にあたる旬子さんを殺害したとして殺人などの罪に問われた。無罪を主張していたが懲役9年の一審・千葉地裁判決を不服として控訴。7月14日に東京高裁で棄却の判決が言い渡されている。
検察官が説明した事件の構図
検察官は冒頭陳述で事件の構図をこう説明した。
「外資系企業に勤め高収入を得て贅沢な暮らしをしていた被告人は、会社を解雇されたが贅沢をやめられず、母の富士子とともに、伯母の旬子さんを殺害した。
さらに多額の金を貸してくれていた元伯父の和彦さんから、自分の犯した窃盗について問い詰められ、借金の返済期限を早められたことに不満を抱き、和彦さんの家に放火し、家を全焼させ殺害したという事件」
冒頭陳述や証拠によれば、広告代理店に勤める父と、同じ会社で派遣社員をしていた母・富士子被告との間に生まれた大悟被告は、父の海外赴任に伴い、英国の小学校を卒業した。のちに帰国しインターナショナルスクールに通う。その間、両親が離婚し、父が大悟被告の親権を持った。母はしばらく英国に残り仕事を続けていたという。父子の2人暮らしは長くはなく、父の再婚により、大悟被告は寄宿舎から学校に通った。カナダの名門、ブリティッシュ・コロンビア大学に進学し、卒業後は外資系企業に勤めていた。
その後、同僚だった交際相手Aさんとペアローンを組み、共同名義で赤坂のマンションを購入する。Aさんとの間には2019年1月に長男も産まれていた。
大悟被告のブランド志向と凶暴性
経済的に恵まれ、家族との未来が約束されているかのような大悟被告だったが、彼はブランド志向だった。加えて、驚くような無軌道さを持ち、さらには頻繁に凶暴性をあらわにした。長男誕生のわずか3ヶ月後に「内妻への傷害罪で逮捕され、同年10月、内妻が長男を連れて出てゆき、内縁状態の解消を求められた」(検察側冒頭陳述より)のだという。以降、逮捕まで被告は赤坂のマンションに1人で暮らしていた。すぐに新たな恋人ができるが、養育費やローンの支払いをめぐり、内妻から調停を申し立てられていた。
その調停において被告は、赤坂のマンションを所有するため「内妻の残りのローンを買い取る」ことを主張したという。このときはまだ、外資系企業に勤めており、銀行から借入をしても返済できるという見通しはあったのだろう。
これが、事件の原因のひとつとなる。
実家から盗んだ物をメルカリに出品
被告は給与収入だけでなく、もともと別の手段でも金を稼いでいた。メルカリへの出品だ。しかも自分の所有する不用品を売るのではなく、親類から得た品物や、さらには親類宅から無断で持ち出した貴金属などを売りさばいていた。このメルカリへの出品も、ふたつの殺人事件に大いに関係してくる。
「かねてより実家から物を盗んでメルカリに出品していた被告人は、2020年12月6日、祖母のオパールリングなどを出品していた。これを見つけた母の富士子が、被告人に出品取りやめを申し出るが被告人は拒否した」(検察側冒頭陳述)
そのため、富士子被告は大悟被告の新しい恋人に連絡した上で出品を取り下げるよう言付けたという。これが大悟被告の逆鱗に触れた。実家に赴いた被告は富士子被告の首を絞め、仰向けに押し倒したうえ、踏みつけるなどの暴力を振るい、全治14日の傷害を負わせた。
金庫から盗みを働き、懲戒解雇に
さて、富士子被告の住む家と、姉であり、殺人の被害者である旬子さんの住む家は同じ敷地内にあった。老後の生活に不安を抱いていた富士子被告は、この頃「リバースモーゲージ」という制度の存在を知った。自宅に住みながら、自宅を担保に毎月の生活費を借りるという仕組みだ。契約者が亡くなったあとに、不動産の売却代金で元金を返済する。富士子被告は、土地を担保に4000万円の融資が受けられる可能性があるとこのとき思っていた。そして、敷地から実母や旬子さんが立ち退かない限り、要件を満たせないとも思っていた。実際に銀行に相談には行っていない。だが、2020年末ごろから、富士子被告は「2人が施設に入ってくれればいい」と考えるようになっていた。
いっぽうの大悟被告は2021年2月ごろ、内妻のローン買い取りのため、のちに放火殺人の被害者となった元伯父の和彦さんに相談を持ちかけ、2500万円を借りたのだが、同月、またもや逮捕された。会社の金庫から盗みを働いたためだった。これにより、懲戒解雇となる。
「被告人は、マンションの買取資金の一部について銀行から借入をしようと思っていたため、収入が途絶え、持分の買い取りが困難になった。追加の資金援助として和彦さんからさらに1000万円を借りたが、不安を感じていた」(同前)
寝ていた伯母を階段の上から落とし…
その頃、大悟被告は、富士子被告から「リバースモーゲージ」の存在を聞き、その借金も、マンション買取に回そうと考えるようになる。ところが旬子さんは施設入所を拒んだ。ならば殺害し、祖母は施設へ入所させよう。こうして1件目の殺人は起きた。
「2021年4月ごろ、旬子さんに不凍液を飲ませて殺すことを決意した被告人は、ホームセンターで不凍液を購入し、ネットで検索したのち、旬子さんの好きなコーラとウイスキーに不凍液を混ぜたものを持って富士子の家に行き『旬子さんにウイスキーを飲ませたいから』と言い、旬子さんを呼び寄せた。ウイスキーのコーラ割りを作って飲ませて、さらに飲ませるために自宅に持ち帰らせた」(同前)
富士子被告は旬子さんが自宅に戻ってから初めて、飲み物に不凍液が入っていたことを聞かされ、協力を求められたという。以降、2人は日をまたぎ複数回、旬子さんに不凍液を飲ませてゆく。そして4月20日深夜。
「今しかない、覚悟決めろ」
大悟被告からこう迫られた富士子被告は、ともに旬子さんの家に向かう。不凍液の影響で「台所の床に横になって、グーグーと、いびきをかいて寝ていました」(富士子被告の証言)という旬子さんを担ぎ、階段の上から落とし、殺害した。
なぜ大悟被告は母親に暴力を振るったのか
不凍液入りのウイスキーやコーラは回収していた。数日後、死んでいる姉をたまたま発見したように装い、富士子被告が119番通報した。
当初、旬子さんの死は事件性がないとみなされており、解剖されないまま火葬されるはずだった。ところが、その直後、大悟被告が富士子被告に凄惨な暴力を加え、金品を奪ったことで逮捕。葬儀場に安置していた旬子さんの遺体を警察が司法解剖に回したことから、事件が発覚するに至った。富士子被告は約40日間の入院を余儀なくされた。
なぜ大悟被告は母親に暴力を振るったのか。それは“和彦さん殺害を断ったから”だと、検察側は指摘している。逮捕直前、大悟被告はひとりで和彦さん宅に向かい、家に火を放っていた。
( #2 に続く)
「首を絞められて殺されると…」「大悟はベンツに乗っていた」実の父母が明かす、親族ら2人を殺害し放火した男(32)の“凶行と素顔” へ続く
(高橋 ユキ)