妹を殺した犯人と対峙した115分 身勝手な男を変えた兄の一言

大阪市北区のカラオケパブ「ごまちゃん」で令和3年6月、オーナーの稲田真優子(まゆこ)さん=当時(25)=を殺害したとして、殺人罪で懲役20年が確定した元常連客の宮本浩志受刑者(58)。法廷では認否を黙秘しながら、死刑を望む発言や検察批判を繰り返した。そんな宮本受刑者と今年2月以降、大阪拘置所で7度も面会を重ねていたのが真優子さんの兄だった。「殺したいほど憎い相手」と対峙(たいじ)した115分。アクリル板越しに何が語られたのか。
「真優子を安らかに…」
2月9日、拘置所の面会室。真優子さんの兄、雄介さん(31)は初めて宮本受刑者と間近に対面した。何度も面会を希望し、ようやく受け入れた。
昨年10月に1審大阪地裁は懲役20年(求刑無期懲役)を言い渡し、宮本受刑者は翌月、控訴した。
「なぜ控訴したのですか」。おずおずと問いかけると「権利ですから」。その回答に歯止めが利かなくなり、積もりに積もった怒りの感情をぶつけた。
宮本受刑者はその間笑みを浮かべているように見え、面会終了のタイマーの音で席を立つと言い放った。
「また来るなら、お菓子くらい差し入れてください」
やんちゃで10代で家を出た雄介さんにとって、親孝行で自分の店を持つために頑張っていた真優子さんは、妹ながら「かがみのような存在」。喪失感にさいなまれる中、昨年9月に始まった1審の公判で宮本受刑者は終始、遺族の感情を逆なでした。
初公判では「これって何か意味ありますか」と冒頭の手続きを遮り、起訴内容の認否を問われると黙り込む一方、「迷わずに死刑判決をお願いします」と発言。論告求刑公判では、雄介さんが宮本受刑者に向かって約10秒間、頭を下げ、「これ以上、傷つけないでほしい。真優子を安らかに休ませてください」と懇願した後、約50分にわたって「検察側には推測しかない。ある意味残念」などと持論を展開した。
7度目の面会
今年5月以降の控訴審の法廷には現れなかった宮本受刑者。その半面、拘置所での面会は1度で終わらず続いていた。「はらわたが煮えくり返るくらい嫌な思いをしても、真優子の苦しみに比べたらどうってことない。聞き手を演じて知りたいことを引き出そう」。雄介さんがそう決心し、通い続けたからだ。
面会は当初の2回は20分間で、その後は15分間。身の上話、家族との関係、拘置所での生活などを話すうちに、事件や裁判に関する質問にも少しずつ答えるようになった。雄介さんは面会を終えるたびに、そのやりとりを書き起こした。
《宮本さんはなぜ犯行を認めないのか》
《認めてないわけじゃない。私ですよ。その点はあらがっていません》
《罪に向き合っていない》
《お兄さんはそう言うけど、私はもう2年もここにいるんですよ。誰よりも向き合っていると思っています》
《事件を起こして、真優子や遺族、自分の家族に思うことはあるか》
《ないです》
裁判で弁護人は無罪を主張したが、アクリル板越しの会話は宮本受刑者は「犯人」だということが互いの前提。自尊心が強く、どこまでも自分本位で、他人の気持ちを理解するような心はないのではないか。雄介さんが抱いたのはそんな印象だった。
しかし、4日後に控訴審判決を控えた7月6日、「最後かもしれない」と臨んだ7度目の面会。いびつであっても築いてきた関係を踏まえ、雄介さんは心情に訴えかけた。
被告の目に涙が
「あなたがのうのうと生きるのは許せないが、内省がない中で仮に死刑になっても罪を償ったとは思わない。僕も真優子に心配をかけないよう変わる努力をするから、一緒に変わりましょうよ」
時間ぎりぎりまで言葉を重ねると、突然宮本受刑者の目に涙が光るのが見えた。
「取り返しのつかないことをしたと思っています。申し訳ないです」
控訴を棄却した同月10日の控訴審判決を受け入れ、確定した。
謝罪は表面的なものだったかもしれない。何を言われようと、許すつもりは毛頭ない。ただ、今は宮本受刑者を少しでも変え、出所後に再犯させないことが使命だという思いもあり、まず一歩を踏み出せたとは思う。
「今はそこにしか救いを見いだせないんです。真優子はもう戻ってこないから」。事件から2年超。雄介さんは絞り出すようにつぶやいた。(西山瑞穂)