衆院選の仕組み、変える?「政権への審判下しやすい」「強者のためのシステム」評価割れる

[The論点]

数年に1度の衆院選では、1選挙区から1人を選ぶ小選挙区選(定数289)と、政党に投票する比例選(同176)を同時に行い、計465人が当選します。30年近く続いている仕組みですが、「分かりにくい」との声も。この「小選挙区比例代表並立制」、変えた方が良いと思いますか?
[A論]政権交代2度実現…議席差 票差以上に

小選挙区での選挙は、基本的に与野党対決の構図になります。今の制度で行われた衆院選は1996年以降計9回。この間、自民党を支援してきた新潟県燕市の不動産業、田辺一弥さん(53)は「政党の主張を選択するので、政権への審判が下しやすい」と語ります。
今の制度が導入されたのは、それ以前の「中選挙区制」の反省があったからです。中選挙区では1選挙区から原則3~5人が当選するため、複数の自民候補が競合しました。自民内の対決が白熱した当時のことを、田辺さんは「自民支持層が割れてケンカになり、あつれきが生じてしまった」と振り返ります。
中選挙区での自民候補の当落は、その候補を抱える派閥の勢力に直結します。各派が自派閥の候補の支援でカネを注ぎ込み、「四当三落」(4億円使えば当選、3億円なら落選)なる言葉まで飛び交いました。選挙戦での野党の存在感は比較的薄く、中選挙区制の衆院選で直接的な政権交代は起きませんでした。
そうした状況を変えようと、90年4月、有識者による政府の第8次選挙制度審議会が〈1〉政党本位の選挙とする〈2〉政権交代の可能性を高める〈3〉政権を安定させる――などの理念を掲げ、今の制度を提唱したのです。
実際、今の制度になると政権交代が2009年と12年の2度実現し、与党側は圧倒的な議席数を獲得しました。自民は12年衆院選で、全小選挙区の合計得票率が4割強だったのに対し、議席占有率は8割弱。小選挙区で勝つには1票でも上回ればいいので、議席差が票差以上に広がるのです。
12年以降、安倍内閣が歴代最長政権を築けたのも、この特徴を生かしたことが一因です。自民安倍派の小田原潔衆院議員(59)(東京21区)は「外交安全保障や経済など基本的な政策に取り組むには中長期的な視点が必要だ」と、安定政権の重要性を強調します。
一方、小選挙区には「死に票」が多いという欠点があります。死に票とは、落選者の得票のこと。国政に生かされないため、そう呼ばれます。
その欠点を補っているのが、比例選への重複立候補と「復活当選」です。復活当選によって、小選挙区選で敗れた人に投じられた票を死に票にせず、国政に反映できるからです。
21年衆院選の小選挙区選で惜敗率96・63%で敗れ、復活当選した立憲民主党の中谷一馬衆院議員(39)(比例南関東ブロック)は、「与野党を支持する双方の民意をくみとって有権者の思いを国会に届けられるのは、今の制度の良い面だ」と話します。
[B論]比例復活おかしい…「議員の質低下」声も

今の制度には、様々な弊害も指摘されています。
社民党を支持しているという埼玉県蕨市の大学講師、中島万紀子さん(50)は「強者のためのシステムで多様性が政治に反映できない」と、今の制度の改正を求めます。1人しか当選できない小選挙区選では、組織力や資金力に勝る大政党の候補が有利。他党と協力して候補を一本化しない限り、中小政党や無所属の候補の当選は困難なのです。
比例選での「復活当選」に釈然としない人もたくさんいます。岩手県宮古市の飲食業、新田健一さん(47)は「小選挙区で有権者の選択によって落選した事実は重い。救済は有権者の意思から外れている」と批判します。小選挙区選で接戦を演じるほど復活当選しやすい仕組みですが、そうでないケースも。2021年衆院選の復活当選者のうち、惜敗率50%未満(小選挙区選で当選者の半分未満の得票)だった候補は計13人。最も低かった人の惜敗率は20・17%でした。
今の制度が「自民党議員の質の低下を招いた」との見方もあります。当選12回を重ね、衆院議長を務めた伊吹文明さん(85)は「今の議員は支持拡大の努力を怠りがちだ」と言います。
中選挙区制では、同じ選挙区内に自民議員の「ライバル」たちが複数いて、政策を競い合いました。自民支持層だけでなく、無党派層も含めて必死に支援を呼びかけなければなりません。
今はそうした緊張感がなくなり、伊吹さんは「『与党支持者が自分に投票するのは当然』と勘違いする議員がいる。党や風に頼るばかりで、政策を語り、自力で後援会を作れる政治家が少なくなった」と嘆きます。
伊吹さんは、三権分立の観点でも問題視します。党の公認の有無は議員の死活問題で、公認権を握る党総裁の権限は絶大。自民党政権では「党総裁=首相」なので、立法府に属する自民議員が行政府の長(首相)に逆らいにくい構図となり、不健全だという指摘です。
ただ、選挙制度を変えるにしても、どう変えるのかは難題です。中選挙区制に戻せば「先祖返り」の懸念があり、比例選のない「単純小選挙区制」では「死に票」をすくうことができません。比例選のみとすると、圧倒的多数を形成するのが難しく、政権の安定が損なわれる可能性があります。
選挙制度に詳しい神戸大の砂原庸介教授(政治学)は、「どの制度にも長所と短所があり、完璧な制度はない。選挙制度を変えただけで素晴らしい政治が実現するわけではなく、政党制度や解散のあり方を含め、幅広く議論することが重要だ」と話しています。

より良い制度 目指し

最近、今の制度に対する評価が真っ二つに割れる出来事がありました。
6月後半、衆院選挙制度に関する与野党の協議会が、今の制度の導入を決めた当事者である細川護煕・元首相と河野洋平・元自民党総裁から話を聞いた時のことです。導入から30年近くたった現在の政治状況について、細川氏が「おおむね想定通り」としたのに対し、河野氏は「当時の想定とはずれている」と正反対の意見を表明したのです。
細川氏は、評価の根拠として政権交代の実現を挙げ、比例選での復活当選にも「メリットがある」と述べました。一方、河野氏は、「政党本位の選挙」が不十分との認識を示し、復活当選についても「本当に国民に支持されているのか」と疑問を呈しました。
2月に設置された協議会は、選挙制度の抜本改革を目指していますが、道筋は見えていません。
海外に目を移すと、先進7か国(G7)で日本の衆院にあたる下院の選挙は、各国とも小選挙区制を基本としつつ、単純小選挙区制だったり、比例選との組み合わせだったり、一定の基準を上回らなければ決選投票する仕組みだったりと、国によって様々です。
選挙制度は、仕組みによって有利不利が生じる政党の利害が衝突するほか、衆参両院の関係や「1票の格差」、政治資金のあり方など、論点が多岐にわたります。国会議員も有権者も、現状を冷静に分析しながら、より良い制度に向けて議論を続けていくことが大切です。(政治部 山崎崇史、五島彰人)
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