学校プールの水流しっぱなし、個人の弁済に反対署名1万7000人…教諭は請求額を納付

川崎市の市立小学校で教諭のミスによってプールの水が6日間流れ続け、市が水道代などの弁償を教諭と校長に請求したことが議論を呼んでいる。公務員個人は責任を負わないとする最高裁判例があるため市の対応に批判が集まったが、結局、教諭側は請求額を納付した。だが、市の説明では責任の所在があいまいなままで、波紋はまだ収まりそうにない。(中山知香)
弁護士「現場に責任負わせるのは誤り」

問題は同市多摩区の市立稲田小で5月17日に起きた。30歳代の男性教諭がスイッチを操作してプールに注水を始めたところ警報音が鳴り、電源ブレーカーを落とした。その後スイッチを操作して水を止めたつもりだったが電源喪失でスイッチは機能せず、同22日に別の職員が気づくまで6日間にわたって注水が続いた。損害は約190万円に上った。
国家賠償法1条は、公務員が職務で他者に損害を与えた場合、国や自治体が賠償責任を負うと規定。公務員個人は賠償責任を負わないとする最高裁判例もある。熊本県の農地委員会の解散処分を巡り、当時の知事らが慰謝料などを求められた訴訟で、最高裁は1955年4月、「公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない」との見解を示した。
一方、同条2項では「公務員に故意または重大な過失」があった場合、国などはその公務員に賠償請求する権利があるとしている。市は、今回の件は「故意や重大な過失には当たらない」との認識を示しながらも、過失のあった教諭と管理責任のある校長には相応の賠償を求めることが適切と判断。損害額の5割にあたる約95万円を2人に請求した。

判断の根拠として、市は類似事案の例を参考にしたとする。その一つが、2015年に東京都小金井市の都立高校でプールの排水バルブを開けたまま1週間給水し続け、約116万円分の水が流出したケースだ。

都教育委員会によると、それ以前に同様の問題が都内の公立学校で複数起き、マニュアルを作成して都立高に注意喚起していた。「それでもミスが起きたのを重くみた」と都教委は説明する。複数自治体での同様の事例を調べ、教諭側に過失があった場合の平均として損害の5割を請求したという。
これに対し、川崎市はマニュアル策定も各学校任せで、その内容も把握していなかった。稲田小のマニュアルは写真1枚に注意書きのみ。プールも屋上にあり、校舎内から様子をうかがうのは難しい。小田嶋満教育長は市議会で「配慮が十分ではなかった」と市の落ち度も認めている。

責任の所在を明確にしないまま教諭個人に弁償を求めたことから、市には8月末までに400超の意見が寄せられた。多くは市の対応に批判的で、抗議声明を出した一人である川岸卓哉弁護士は「教諭個人に賠償責任はない。現場に責任を負わせるのは誤りだ」と批判。横浜市の教諭がインターネットで川崎市の対応に疑義を呈すると、約1万7000人分の反対署名が集まった。
騒動が続く中、市は今月15日、教諭側が請求額を入金したと明らかにした。学校は取材に回答せず、市は校長のコメントとして「けじめをつけるものとして、請求された金額を支払った」と発表。幕引きを図ったが、反対署名に賛同した元教諭らは「教諭個人に責任を負わせる危険な前例になる」と批判を強めている。
有識者の間でも意見は分かれる。行政訴訟が専門の平裕介弁護士は「公務員が 萎縮 (いしゅく)せずに仕事できることが市民の利益になる。教員のなり手不足に拍車をかける恐れもあるのでは」と話す。一方、賠償問題に詳しい荒川香遥弁護士は「教育現場の人手不足は別の問題。ミスはミスであり、責任を問われないならミスをしない教員のやる気をそぐことになりかねない」と指摘する。