「遺体から脳を取り出し、高額で売っていた」群馬の火葬場で日本を揺るがす大事件が…元火葬場職員が語る“職業差別”が生まれた背景【マンガあり】

故人のご遺体を火葬し、その人生を締めくくる場所「火葬場」。一度は訪れたことがある人も多いだろう。だが、現場でどんな人が働き、どのような仕事を行っているのか、知っている人は少ないのではないだろうか。
そんな火葬場の実態を発信し続けているのが、1万人のご遺体を見送った元火葬場職員・下駄華緒さん。下駄さんは自身のYouTubeチャンネル『火葬場奇談』で発信した火葬場での経験談をもとに、2021年9月、コミックエッセイ『 最期の火を灯す者 火葬場で働く僕の日常』 (竹書房)を上梓。火葬場職員の仕事の流れから、ご遺体が抱える事情、ご遺族同士のトラブルなどを包み隠さず描き、大きな反響を呼んだ。
2023年10月にはコミック第3巻を発売し、ますます注目を集める下駄さんに、火葬場職員になったきっかけや火葬場の実情、コミックの反響などをあらためて聞いた。
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火葬場職員に対する“差別”とは
そもそも、下駄華緒さんはどんなきっかけで、火葬場職員として働き始めたのだろうか。
「地元の先輩が火葬場職員だったんですよ。『資格とか特別な技能が必要なんですか?』って聞いたら『なにも必要ない。興味があるなら、求人誌で普通に募集しているよ』と教えてくれて、応募しました」
好奇心から火葬場職員となった下駄さんは当初、火葬場が想像以上に“普通”だったことに驚いたという。
「仕事は真面目に取り組んで、休憩時間は『今日の夕飯どうしよう』なんて雑談で盛り上がる。近所のコンビニやスーパーで働いている人たちと何も変わらないんです。でも、火葬場職員というだけで色んな意味で“差別”されるんですよね」
火葬場職員に対する“差別”とは、いったいどのようなものなのか。
差別が生まれてしまったきっかけ
「たとえば、火葬場で騒いでいる子どもたちを注意するとき、僕を指さして『人に迷惑かけてたら、こんな仕事しかできなくなるぞ』と言う人がいました。またあるときは、まるで仏様に祈るかのように、僕たち職員に手を合わせる人も。
状況は異なりますが、どちらも『同じ人間』として接してくれていないというか……。火葬場は特別な場所で、そこで働く職員も普通じゃない。そんな認識が、世間に強く根付いているように感じました」
なぜ、そのような場面に遭遇してしまったのだろうか。さまざまな理由が複雑に絡み合っていることを前提としつつ、下駄さんは「『桐生火葬場事件』がきっかけの1つとなっているのでは」と話した。
全国の火葬場で不祥事が立て続けに発覚
「桐生火葬場事件」とは、1933年に群馬県桐生市で火葬場職員が起こした事件のことだ。火葬場に運ばれてきた遺体から脳漿(脳のまわりを満たしている液)を盗み、高額で売りさばいていたとして、当時、日本中で話題になった。
「その頃、人間の脳液が病気に効くって噂があったんです。それで一儲けしようと考えた火葬場職員が、事件を起こしてしまったと聞いています。
国会図書館で当時の新聞を調べたことがあるんですけど、『火葬場のグロ』なんてセンセーショナルな見出しがつけられていました。この事件をきっかけに、全国の火葬場で似たような不祥事が立て続けに発覚していったんです。
古くはそうした事件の影響で、『火葬場は危険』『そこで働いているのも危ない』という認識が広まったのかもしれません」
現状を変えるために、YouTubeで火葬場の“日常”を発信
火葬場のネガティブなイメージを加速させる事件は、残念ながら現在も起きている。2023年2月、勤務先だった葬儀場の女子トイレ内で盗撮した罪などに問われた元従業員に、執行猶予付きの有罪判決が言い渡された。この元従業員は、安置室で女性の遺体にわいせつ行為も行っていたという。
「多くの職員さんは真面目に仕事に励んでいる、いたって“普通”の社会人なんです。でも、一部の人たちが起こした事件の影響で、火葬場のことをいまだに偏見の目で見る人もいる。元職員として、この現状をなんとかできないかなと思っていました」
火葬場の課題を糾弾するような発信をしても、変わってほしい人たちには届かず、現役で頑張っている人たちをさらに追い詰めることになるかもしれない。そう考えた下駄さんは、YouTubeで火葬場の“日常”を発信することにした。
火葬場の得体が知れないから、「怖い」「やばい」と思われてしまう
「結局、火葬場やそこで働く人たちの得体が知れないから、『怖い』『やばい』と思われてしまうのではないでしょうか。
一昔前に流行った『火葬場職員は、生きている人を火葬することがある』という噂も、少し考えればデマだと分かるはず。でも、火葬場が“よく分からない場所”だから、『もしかしたら事実なのかも……』と信じる人もいたのではないかなと」
「人間は、いつか必ず亡くなります。そして、現在の日本では99.9%以上の人が火葬されている。それくらい死は普通のことで、火葬場も日常的な場所なのに、タブー視され、隠されていることが多すぎる。そして、隠されているから世間の人は不安になる。その状態は、火葬場で働く職員だけでなく、ご遺族にもいい影響を与えないと思います。
実際に、『聞きたいことがあっても、なんとなく怖くて職員さんには聞きづらい……』というご遺族の声を何度も聞いてきました。サービスの対価としてお金も払っているのに、質問すらできない雰囲気なんておかしいですよね。ほかの業種じゃ考えられません。
火葬場で働く人たちの日常を発信すれば、『どこにでもいる、普通の人たちが働いているんだ』と徐々に浸透していくはず。そうしたら、これまで“特別視”されていることにあぐらをかいていた職員たちも、変わらざるを得なくなるはず。そう考えて、YouTubeでの発信を始めました」
火葬場にも通常の会社のようにマニュアルが存在
そんな下駄さんのYouTubeを元に描いたコミックエッセイ『最期の火を灯す者 火葬場で働く僕の日常』シリーズの第1巻は、2023年11月8日時点で、Amazonの女性マンガ部門の売れ筋ランキング1位になっている。ドラマ化された人気コミックなどを抑えて、トップに立ったのだ。
コミックの中では、「仕事に真摯に向き合う火葬場職員たちの姿」が描かれている。2023年10月に発売されたばかりの第3巻では、死者の尊厳を守るために、できるだけデレッキ(ご遺体が早く、きれいに燃えるように使う棒)を使わないように配慮したり、死産児やその遺族と向き合ったりする職員たちの姿が印象的だ。
「火葬場にも、通常の会社のようにマニュアルがあって、『お骨上げのときは、どこの骨かひとつひとつご遺族に説明しましょう』といった内容などが記載されています。ただ、ひとりひとり亡くなり方もご遺族との関係も異なるので、臨機応変に対応を変えることがほとんどです。
例えば、100歳近くまで生きた故人の死を、『大往生だったね』と冷静に捉えているご遺族がほとんどの場合は、マニュアル通り、じっくり丁寧にお骨上げを行います。
でも、それが若くして事故死した人だったら? 未就学児のお子さんだったら? きっとご遺族は、骨になった姿をできるだけ見たくないはず。そんなときはあえてマニュアル通りではなく、淡々とお骨上げを済ませることもあります」
現役職員から「火葬の仕方を教えてほしい」と相談されたことも
コミックを通して火葬場職員の真摯な仕事ぶりを知った読者からは、どんな声が寄せられているのだろうか。
「『職員さんたちが、丁寧にご遺体と向き合っているのを知れてよかった』『疑問や不安は、職員さんに問いかけてもいいと分かってよかった』というお声はよくいただきます。
そうやって、頑張っている火葬場の職員のことを世間の人々に知ってもらうことで、少しずつですが、火葬場職員の意識まで変わってきているんじゃないかな、と思っています」
『最期の火を灯す者 火葬場で働く僕の日常』シリーズを通して下駄さんが伝えたかった想いは、読者にしっかり届いていた。いや、彼が想定していた以上の広がり方を見せている。
「現役火葬場職員から、『下駄さんのYouTubeで学んでいる』『コミックを参考書にしている』とご連絡をいただくんです。
火葬場はインフラなので、どんなに人口の少ない地方部にもあります。そういった場所では、職員が1人で運営していることも珍しくない。マニュアルだけ渡されて、先輩からろくに学ぶ機会のないまま現場に送り出されるケースもある。そういった人から、『火葬の仕方を教えてくれないか』と相談されたこともあるんですよ」
火葬場をより良くするために考えている2つのこと
実際に相談者の勤める火葬場を訪れ、火葬のレクチャーを行ったことも何度かあるという。少しずつ、でも確実に、下駄さんの発信で火葬場や職員を取り巻く状況は変化してきている。今後は、元火葬場職員として、どのような取り組みをしていくのだろうか。
「今考えていることは、2つあります。まずは、火葬場職員が集まるコミュニティを作りたい。現状、職員が悩みを相談したり、情報収集したりするツールがほとんどないんですよ。変わりたくても、どう変えたらいいか分からず困っている人もいるはず。同業者が集まって、気軽に技術や知識を共有できる場が作れたらいいなと思っています。
もう1つは、コミックの映像化ですね。もともと僕は、YouTubeで火葬場の日常を発信していました。それがコミック化されたことで、世間の火葬場への関心が少し高まったように感じた。これが映像になったら、さらに関心を高めることができると思うんです。以前、納棺師の仕事を描いた映画『おくりびと』が大ヒットしましたよね。あれを見て、納棺師への印象が大きく変わった人も多いはず。
火葬場職員と世間の人々、それぞれに向けて発信することで、火葬場はもっと良くなると信じています。火葬場は、生前の肩書きに関係なく、誰もが最期に行き着く場所です。だからこそ、誰にとっても開かれていて、平等な場所になってほしいですね」
〈 大量の遺体から脳を取り出し、高額で販売…「そいつらも共犯だ」群馬の火葬場で起きた“衝撃事件”の真相 〉へ続く
(仲 奈々)