「動かせない」石6つ、ある日参道脇に整然と並ぶ…騒動から1年で60年ぶりの「盤持ち石大会」が復活

神社にあった重さ100キロの石が、知らぬ間に動いた――。こんな“怪奇現象”がきっかけで、富山県小矢部市内では先月、力自慢が集う「盤持ち石大会」がおよそ60年ぶりに復活した。騒動の張本人に直接指導を受けた新人記者(29)も飛び入りで参加し、石と 対峙 (たいじ)した。( 古池 (こいけ)徹)

「やせた?」。夏休みに東京へ帰省すると母親からそう心配された。身長は1メートル77で体重は63キロ。鏡で自分の体を見るたびに「頼りないな」と嘆いている。休日にジムに行くこともあるが、なかなか成果が出ない。自分への甘さを許してしまうのだ。
ある日、支局でデスクが原稿を見ながら「これ、去年話題になったんだよね」とつぶやいていた。盤持ち石大会が復活するという原稿だ。「古池、『世界の果てまでイッテQ!』みたいに出場しろよ」と言われ、何の話かわからないのに「はい!」と返事をしてしまったのだ。石の重さなんて想像せずに……。
この騒動を少し振り返りたい。小矢部市の棚田神明社では昨年9月、一般人では動かせない重さの石六つが、整然と参道脇に並べられていた。「誰が?」「何のために?」と波紋が広がる中、ひょっこり名乗り出たのが金沢市に住む西野達也さん(38)だった。自分で持ち上げて参道に並べたのだという。
神社の石を持ち上げる祭りは、江戸時代から全国で行われていたとされる。西野さんはこの伝統に興味を持ち、各地で石を担ぐ動画を撮り、「そばつぶ」の名前で投稿していた。小矢部市の神社にも石があると聞いて訪ねると、境内の隅に泥だらけの石が転がっていた。西野さんは「このままでは石に気づいてもらえない」と憂慮し、石を抱えて見える場所まで動かしたのだ。
地域の人々は、この騒動を伝統復活のチャンスと捉えた。地域では昭和30年代頃まで、大会が開かれていたからだ。今年9月の住民会合で、約60年ぶりとなる開催を決め、実行委員長の福原英樹さん(64)は「コロナで行事も減っていた。住民が交流する絶好の機会になる」と意気込んだ。

開催当日の10月21日は、あいにくの雨。だが、地域外の参加者も殺到し、神社は熱気に包まれた。挑戦者は7~76歳の32人。それぞれ制限時間ギリギリまで踏ん張ったり、軽々と肩まで持ち上げたり、石との格闘を繰り広げた。ゲストの西野さんは147キロの石を腰まで持ちあげて会場を盛り上げた。「まさか1年後に行事が復活するとは」と感慨深そうだった。
僕にも挑戦の時が訪れた。西野さんから「若いからいけますよ」と根拠の薄い励ましを受け、まず40キロの石に挑んだ。コツは腕の力に頼らないこと。膝を曲げて足を開き、背筋を伸ばす「そんきょ」の姿勢で石を抱きかかえて持ち上げる。
石のなめらかな丸みや服越しにも伝わるひんやりとした質感は妙に心地いい。西野さんに腕の位置を調整してもらい、呼吸を整えて膝を伸ばすと……体がプルプルと震えながらも胸の位置まで持ち上がった。
「ダンベルなんかは持ち手があって持ち上げやすい。でも、石は全身で力を込め、向き合わないとダメなんです」。西野さんは、この競技の奥深さを力説した。
さらに自分の体重よりも重い70キロにも挑戦した。抱えた瞬間、あまりの重さに「あ、無理だ」と感じたが、数センチは持ち上がった。倍以上の重さに挑んだ西野さんの怪力を身をもって知った。
ただ石を持ち上げるだけ。それでも会場は歓声と拍手で沸く。娯楽は都会のテーマパークまで行かなくても、身近な場所にも存在している。ジムに通って黙々と体を鍛えるだけでは得られない、地域のつながりや人びとの熱気を肌で感じた。
別れ際、西野さんには、こうアドバイスされた。「どこかで『マイ石』を探して、トレーニングするといいですよ」。やるべきか、やらざるべきか。それが問題で、考え込んでしまうのだが。