犯人につながる多くの証拠がありながらも、23年たった今年も事件解決には至らなかった。平成12年12月、東京都世田谷区の住宅で会社員、宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が殺害された事件。警視庁はこれまで延べ約29万人の捜査員を動員して犯人の行方を追ってきたが、捜査は難航している。年月の重さと遺族の悲しみを知る捜査関係者は「原点回帰」に活路を見いだす。
地取り不十分
犯人の指紋、DNA型も検出された血痕、凶器の包丁、特徴的なトレーナー、蛍光剤の付いたバッグ…。事件当時、現場には犯人に直接つながるような豊富な物証が残されていた。指紋がカギとみた警視庁成城署捜査本部は、機動隊員をも動員し、周辺に住む男性の指紋採取に力を入れた。
だが、当時の捜査幹部は「指紋にこだわり、基本的な捜査ができていなかった」と打ち明ける。物証の多さが油断を招き、現場周辺で聞き込む「地取り」や被害者の顔見知りを調べる「鑑取り」などが不十分だった可能性があるという。
元捜査幹部によると、ある報告書には、事件当時に不審な物音を聞いたという情報があったが、捜査員が確認したのは数カ月後で、「勘違いだった」とだけ書かれていたこともあった。元捜査幹部は「指紋を集めることに集中し、聞き込みの中で深く話を聞くことを怠っていた」と悔やむ。
情報提供多く
提供情報の多さにも翻弄された。発生後1年間だけで捜査本部に寄せられた情報は約5900件、聞き込み対象は約5万2千人にも上った。
発生から約5年後に成城署長に就き、現在も遺族と交流を重ねる土田猛さんによると、事件前日に現場近くで、「ラグランシャツ」と「ヒップバッグ」を身に着けた若い男の目撃情報が寄せられたことがあった。
いずれも犯人が遺留した着衣と一致し、重要な情報だったが、捜査員には共有されておらず、提供者に再度聴取したのは約1年後。土田さんは「膨大な情報に押し流されてしまったのではないか」と推察する。
原点回帰訴え
年月の経過とともに亡くなる人や現場周辺を去る人も多く、証言の真偽の確認さえ困難になっていった。「今となっては白か黒か確認できない情報も多い」。元捜査幹部は無念さをにじませる。
「これはという目撃者は年に1回程度再訪した方がいい。思い出すことだってあるかもしれない」。土田さんは改めて地道な地取り捜査の徹底を訴える。同時に、研究が進むDNA捜査に希望をつなぐ。法整備をした上で、犯人のDNAから特定できる民族、年齢層、容貌などの情報を公開し、捜査に活用すべきと提案している。
事件から23年。宮沢さんの母、節子さん(92)の体調は芳しくない。情報提供を呼び掛ける街頭活動でも先頭に立ってきたが、今月16日に都内で開かれた集会では、土田さんに代読を託し、こう呼び掛けた。
「生きている間に真相を知りたい」
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「事件知らない」進む風化
事件現場となった宮沢みきおさんの自宅は、当時と同じ都立祖師谷公園内に残されている。長らく警察官が常駐していたが、令和2年に無人化。情報提供を呼びかける看板も撤去された。事件を知らない少年らによる落書きや侵入などのいたずらも相次ぎ、足元でも風化が進んでいる。
「事件のことは知らなかった」。今年10月、宮沢さん宅敷地に侵入し、摘発された約10人の男子高校生の話は捜査関係者を驚かせた。インターネット上で心霊スポットとして知ったといい、「肝試しで入った」などと説明。これを機に、警視庁は「立入禁止」の看板を目立つよう変更し、フェンスには夜間に光る警告灯も設置した。
事件に関する有力情報の提供者への懸賞金は最大2千万円。一方で、今年に入ってからの情報提供は162件(11月末時点)にとどまる。(内田優作、前島沙紀)