「水と人員が圧倒的に不足」…一夜にして焼け落ちた観光名所「輪島朝市」消防団長の無念

能登半島地震の発生後に大規模な火災に見舞われた石川県輪島市の「朝市」。千年以上の歴史を持ち、観光客からも人気の名所は、炎とともにほぼ一夜にして焼け落ちた。「半世紀近くの活動の中でもこんな火災は見たことがない」。消火にあたった同市消防団の団長、川端卓(たく)さん(70)はこう振り返る。「水と人員が圧倒的に足りなかった」と無念さが今も心を離れない。
骨組みだけになった建物は真っ黒で、辺りにはいまだ焦げ臭さが漂う。火災発生から6日が経過した7日も、現場では警察官や消防団員らが、がれきをかき分けながら捜索活動を続けていた。
あの日、強い揺れに襲われてまもなく、朝市の一画に住む川端さんは火災に気付き、消防団の拠点に向かった。団員らに召集をかけたが、道路がひび割れるなどした影響で、16分団のうち現場にたどり着けたのは2分団約50人と3台のポンプ車のみだったという。
朝市周辺には複数の消火栓が設置されているが、断水で使い物にならなかった。近くを流れる川の水を消火に使おうとしたが、津波の前兆となる引き波により川底が浮かび上がり、吸い上げられるのはヘドロばかりだった。
水がないわけではない。平時であれば海水が使える。だが当時は津波警報が発令され、海に近づけなかった。付近の防火水槽などを利用することにしたが、ポンプ車の数が足りず、勢いを増す炎には焼け石に水の状態。その防火水槽もすぐに底をつき、街は炎に飲み込まれていった。
「類を見ないほどの火災に対し、水と人員が圧倒的に不足していた」と川端さん。津波警報が解除されてから海水を吸い上げ、消火作業を進めたが、約4千平方メートルが焼失したとみられる。
川端さんは「朝市は観光客でにぎわうとともに、地元住民の生活の台所でもあった。しかし、長い歴史もこれで終わるだろう」と肩を落とす。自身も自宅が焼失し、今は避難所で先の見えない生活を送る。それでも消防団団長としての活動を続け、その責務に向き合っている。
「自分は自分の仕事をやるしかない。ただそれだけです」。黒焦げたがれきを前に、懸命に言葉を絞り出した。(鈴木文也)