全国から駆けつけた「動く薬局」 被災地の薬不足、処方を支援

能登半島地震の被災地では、持病を抱える高齢者らの薬不足が課題となっている。災害関連死が懸念される中、フル回転しているのが東日本大震災(2011年)を機に開発された「動く薬局」だ。
「ありがとう。助かりました」。岐阜薬科大の林秀樹教授(51)が処方したインスリン注射に、避難所生活が続く高齢男性はほっとした表情を見せた。
糖尿病を患う男性は、血糖値を下げる薬が欠かせないが、自宅が倒壊して薬を持ち出せなかった。体調や避難生活への不安が募る中、特殊車両に乗って駆けつけた林教授らのチームと出会った。
林教授は7~14日に薬局機能を搭載した車両「モバイルファーマシー(MP)」で、石川県珠洲(すず)市に派遣された。現地では避難所を巡回する医療チームに同行して被災者に薬を処方したり、医師に投薬のアドバイスをしたりするなど支援に当たった。
想像以上だったのが、高齢者の多さだった。65歳以上の高齢者の割合が5割を超える珠洲市では、避難所に身を寄せる人たちの大半が高齢者。何らかの慢性疾患を抱えている人も少なくない。高血圧や糖尿病など生活習慣病の薬を処方することが多く、一時的に在庫不足が生じた。
林教授は「現在は流通が確保され、順調に薬が供給され始めている。年末年始にかかりつけ医からまとめて処方されていた持病の治療薬が切れる時期でもあり、くまなく支援する必要がある」と話す。
MPは、多くの薬局が被災した東日本大震災を教訓に、ライフラインが途絶した中でも調剤や医薬品の提供ができるように宮城県薬剤師会が考案した。車内には調剤機器が備えられ、水や発電機なども搭載。薬剤師が車中泊できる仕様になっている。各地の薬剤師会や薬科大が所有するなどし、全国で約20台が稼働する。
被災地では石川県薬剤師会の要請を受けて、輪島市や能登町などにこれまで計9台が派遣された。同会の中森慶滋会長(62)は「被災地は現在、緊急医療から慢性疾患や通常医療への対応に移っている。薬事業務を有効に機能させて全力で被災者を支えたい」と話す。【井手千夏、菅沼舞】
薬品などのニーズ、時間と共に変化
被災者の健康維持に関する支援では、薬品の確保など物流問題に加え、時間の経過と共に変化するニーズへの対応が課題となっている。
能登半島地震の被災地に初めてモバイルファーマシー(MP)が入ったのは、地震発生から1週間後。9日、被災地入りした三重県の薬剤師、岡田圭二さん(52)は「解熱剤や抗生物質など、急性期の薬を多めに用意したが、実際には高血圧や糖尿病、高コレステロールなど、生活習慣病に対する薬の処方が多かった」と、需給のずれを指摘する。
一般的に、かかりつけ医は、生活習慣病などの治療薬は28日分を処方するという。岡田さんが被災地入りした時期は、年末に処方された持病の治療薬が切れるタイミングと重なっていたため、需要が増えたとみられる。また、自宅が倒壊・損壊し、薬を持ち出せなかった避難者も多いという。
道路復旧に伴って物流は回復しつつあり、薬を入手しやすくなりつつあるが、不安は残る。石川県薬剤師会長の中森慶滋さん(62)は「在庫が限られているので、一度に1週間分ぐらいしか渡せていない」と気をもむ。背景には、全国的な医薬品不足がある。
後発医薬品の品質不正問題や原材料調達から販売までの「サプライチェーン」の弱さなどが響き、2020年後半から全国的に医薬品不足が続いている。新型コロナウイルスや季節性インフルエンザなど感染症の同時流行も重なり、不足に拍車がかかっている。
事態を憂慮した石川県薬業卸協同組合と日本医薬品卸売業連合会は連名で、日本製薬団体連合会に対し、出荷調整品や被災地で必要な医薬品を北陸エリアに優先的に提供するよう要請した。【井手千夏】