9月の3連休。JR上野駅から徒歩5分ほどのところにある「国立科学博物館」で、長蛇の列ができていた。チケットを購入するのに30分ほどかかって、なんとか手にできても、目的地に足を踏み入れるのに110分待ちである。
「どこぞのテーマパークでもないのに、何のイベントでそんなに並ぶんだよ」と思われたかもしれないが、博物館の周辺にはお年寄りから子どもまで「まだか、まだか」と何かを待ちわびていたのである。
行列の先にあるのは「恐竜博2019」。館内に入ると、人・人・人。50年前に命名されたデイノニクス、モンゴルのゴビ砂漠で見つかったデイノケイルス、北海道で発見されたむかわ竜の化石などを見ることができるわけだが、それにしてもである。子どもの数はどんどん減っているのに、なぜこれほど盛況なのか。
ちょっと気になったので、イベント担当者に聞いたところ「展覧会は7月13日から10月14日まで開催されますが、入場者数は60万人を超える見込み」だという。開催時期が違うので単純に比較はできないが、3年前に開かれた恐竜博に比べて、10万人以上も増えているのだ。
なぜ恐竜を一目見るために、これほどの人が詰めかけるのか。海外と日本で恐竜に対する意識に、何か違いはあるのか。恐竜博2019年の監修を務めている真鍋真さん(国立科学博物館 標本資料センター・コレクションディレクター、近著に『NHK ダーウィンが来た!恐竜スゴすぎ クイズ図鑑』)に、疑問を投げてみた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。
デイノニクスを借りるために
土肥: 恐竜の展覧会って、夏休みに開催しているといったイメージが強いですよね。子どもたちが足を運んで、そこで衝撃を受けて将来の“恐竜博士”が生まれたり、夏休みの自由研究のテーマにしたり。恐竜博2019年も夏休み期間中に開催していましたが、この取材は9月の中旬に行いました。平日の夕方なので、失礼ながら「ガラガラなんだろうなあ」と思っていたら、全く違う。たくさんの人が来館していて、目玉の恐竜の前では行列ができていました。
例えば「デイノニクス」。50年前に、この恐竜が発見されて「鳥類の恐竜起源説」につながったわけですが、今回はデイノニクスの指先と手首を展示することに。ワタシも実際に見て、「こんな大きなツメでひっかかれたら、たまらんなあ」と思ったわけですが、この標本は日本初上陸だそうですね。普段は米国の博物館が所蔵していて、なかなか外に出さないのにもかかわらず、なぜ今回の恐竜博で展示することができたのでしょうか?
真鍋: デイノニクスの爪はイエール大学の博物館で所蔵されているわけですが、そこでも展示したことはほとんどありません。そういった状況なので、借りるのは難しい。なぜ外部にあまり出さないのかというと、論文を書くのに必要だから。例えば、ある研究者が新種の肉食恐竜のことを研究している場合、どうするのか。「これまでの種とは違いますよ」といったことを紹介しなければいけなくて、その際、デイノニクスの標本と比べて、「自分が研究している恐竜はここが違うんですよ」ということを証明しなければいけません。
そうした作業が発生するので、デイノニクスの標本を見るために博物館にはたくさんの人が訪れているんですよね。そういった事情があるので、博物館としてはなかなか外に出したくないんです。
土肥: ふむふむ。“門外不出”のような貴重な標本をどうやって日本に持ってくることができたのでしょうか? 先方との交渉はどんな感じで?
真鍋: 交渉は難航しました。ちょうど50年前に発見されたこともあって、タイミングがよかったのかもしれません。展覧会で「半世紀を振り返る」といった感じでアピールできるので。ただ、最終的な決め手は「台」でした。
土肥: 台? どういう意味でしょうか?
真鍋: 恐竜博でツメをどうやって展示しているのか。透明のアクリル板でできた台があって、そこにのせて見えやすくしているんですよね。見えやすくしているだけでなく、見た目も美しい。というわけで、博物館の担当者にこのように言いました。「アクリル板の台をつくって、デイノニクスのツメはそこで展示します。そして、展覧会が終われば、その台をお譲りしますので、貸していただけないでしょうか?」と。
イエール大学の博物館にはツメを展示できるような台がなかったので、「それいいね!」と言ってくれて、日本で展示できるようになりました。
たくさんの人が来館する背景
土肥: アクリル板の台は、確かに美しい。ただ、それが決め手のひとつになったのは、ちょっと意外ですね。恐竜を研究している人たちって気難しそうというか、怖そうなイメージがあるのですが、とても人間的というかなんというか(注:真鍋さんは気さくで、とても話をしやすい)。
それにしても展覧会には、たくさんの人が来ていますよね。子どもの数は減少しているのに、なぜこんなにたくさんの人が来館しているのでしょうか?
真鍋: さまざまな理由があるかと思うのですが、そのひとつに恐竜の情報が増えてきたことがあると思うんですよね。展覧会だけでなく、図鑑、本、テレビ、新聞などで紹介されることが増えてきたので、みなさんの予備知識もどんどん高くなっている。
その昔、恐竜はどのようなイメージで語られていたのか。カラダが大きくて、環境変化に対して適応力がない。だから、絶滅したんだと言われていましたが、いまは違う。俊敏で、スタミナもあって、一部は鳥になって、いまも進化を続けていることが分かってきました。
また、その昔、恐竜は爬虫類(はちゅうるい)の仲間ではないかという説がありました。爬虫類の場合、基本的に卵を産んでも、世話をしません。では、恐竜の場合はどうなのか。卵を産んで、ひなが早くふ化するように、自分の体で温めていたことも明らかに。そうした行動って、爬虫類ではなくて、鳥類に近いんですよね。
このように新しいことが分かってくるたびに、ニュースとして報じられる。いろいろなことが分かってきたことで、より生き物としてのイメージがわいてきたのではないでしょうか。結果、恐竜に関心をもつ人が増えてきたのかもしれません。
土肥: 恐竜の骨を見ることができるとなれば、子どもたちが多いのかなあと思っていたら、意外に大人が多い。子どもたちの親だけでなく、大人だけで来ていたり、お年寄りだけで来ていたり。
真鍋: 少子化の影響で子どもの数は減っていますが、恐竜博に来ている子どもたちの数は増えています。昔に比べて、家族と出かける機会が増えているのかもしれませんが、親も恐竜に興味をもっている。「自分たちが子どものころに教えてもらったことと違うね」といった感じで。いや、親だけでなく、おじいちゃんやおばあちゃんも同じことを思っている。「自分たちが子どものころに教えてもらったことと違うね」と。
講演会やイベントなどで恐竜の話をする機会があるのですが、そうした場では、子どもだけでなく、お父さん・お母さんも、おじいちゃん・おばあちゃんも身を乗り出して話を聞いてくれるんです。「あれ? いまはこうなっているの?」といった感じで、どの世代でも興味をもつことができる。「恐竜」というコンテンツの強みは、ここにあるのかなあと。
日本で恐竜の展覧会が人気
土肥: 恐竜の展覧会って毎年、どこかでやっているなあという印象があるのですが、日本人はこんな恐竜を好むとか、海外との違いとかってありますか?
真鍋: 子どもが恐竜を好むのは、世界共通だと思うんです。では日本の特徴は何かというと、たくさんの大人が興味をもっていること。もちろん、海外でも恐竜ファンはたくさんいますが、展覧会を開いて入場者がこれほどの数になるのは、日本だけ。
なぜ多くの人が恐竜に興味をもっているのか。いくつかの理由があるかと思うのですが、ひとつに「マスコミ」の影響があると思っているんですよね。これまでになかった恐竜の化石が発見されると、テレビ、新聞、雑誌、Webなどのメディアが報じますよね。新聞の科学面などで、「新しい恐竜の化石が発見された。恐竜時代はこうなって~~」といった感じで報じることが多いかと思うのですが、米国の場合は違う。例えば、ニューヨーク・タイムズの場合、ものすごく深堀りして、報じているんですよね。
日本のメディアは、多くの人が理解できるように全体が俯瞰(ふかん)できるような感じて紹介することが多いのですが、米国では深掘りしていることもあって、恐竜に詳しくない人は「難しいなあ」と感じるはず。このように報道の違いによって、日本では多くの大人が興味をもっているのではないでしょうか。
土肥: ということは、展覧会を開く際に「大人はここに興味をもってくれるかな?」「やっぱり、子どもにここは外せない」といった感じで、ターゲットを絞りにくいのでは? 老若男女に楽しんでもらわなければいけないので、企画を考える側にとっては難しい作業が発生しますね。
真鍋: 海外の展覧会を見ると、子どもをメインターゲットにしているケースが多いんですよね。日本の場合、それではいけません。幅広い年齢層の人が来るので、みなさんに「おもしろいなあ」「すごいなあ」と感じてもらえるような見せ方にしなければいけません。
ただ、先ほどもお伝えしたように、講演をした際には、子どもだけでなく、おじいちゃんからも質問がある。同じ場所でも、さまざまな人たちが話を聞くことができるので、同じ標本を見ても、同じ解説を読んでも、楽しんでもらえる。恐竜の場合、共通の話題にしやすいので、それほどターゲットを絞らなくてもいいのかなあと思っています。
僕のキャリアは浅い
土肥: 最後に、真鍋さんはどういったきっかけで、恐竜に興味をもったのかを教えてください。やはり、子どものころに展覧会に足を運んで、そこで化石を見てびっくりした。そこから、恐竜博士の道が始まったとか?
真鍋: 「子どものころからの夢がかなって、よかったですね」「ずっと研究をしていて、うらやましいですね」といった感じで、恐竜好きの少年がそのまま大人になったと思われたかもしれませんが、実は違う。僕は東京生まれの東京育ちだったこともあって、子どものころに恐竜の化石を探しに行ったことはありません。
土肥: えっ、じゃあ、どんな少年時代を送っていたのですか? 昆虫少年とか、宇宙少年とか。
真鍋: 特になかったですね。だらだらと学校に行っていただけ(笑)。蒸気機関車がどんどんなくなっていた時代だったので、機関車を見るために地方へ行くことがありました。そのことが楽しくて楽しくて、地方へ行くにはどんな仕事をすればいいのかと考えたときに、「地理とか地学の先生になれば、いろんなところに行くことができるのではないか」と思いついたんですよね。というわけで、大学で地学科を専攻しました。
地質や地層を勉強していると、化石の話が出てきました。化石によって何億年前の恐竜のことが分かってくると、そこに興味をもつようになって、少しかじってみることに。そんなこんなで今日にいたる、ですね。恐竜を研究している人たちの話を聞いていると、子どものころから興味をもっているケースが多い。「中学生のころには化石を探していました」といった話をよく聞くので、そう考えると、僕のキャリアは浅いんですよ。
土肥: 恐竜界の大御所なのに、「キャリアが浅い」って(笑)。
真鍋: 子どものころに何かに興味をもって、それを一生の仕事にすることはとてもいいこと。ただ、高校生になっても、大学生になっても、「将来、こうした仕事をしたいなあ」といった考えをもっていない人もいますよね。僕もそのひとりでした。ただ少々遅れても、興味をもてることに出会うことができれば、そこから始まることもあると思うんですよね。
夢がなくても焦らなくていい。なんとかなるものだ――。そうした事例に、僕の人生を使っていただければ、うれしいですね。
(終わり)