7月7日投票の東京都知事選に向けて小池百合子都知事が正式に出馬した。メディアも、蓮舫氏との女性対決ということに注目している。勝負の行方は、7月7日に投開票が終わるまで分からない。
今回は小池百合子氏に焦点を当てて、その光と影に迫りたい。結論を先走って言えば、たとえ当選しても、その行方には暗雲が立ちこめている。
エジプトのカイロ大学卒業という小池氏の経歴は嘘ではないかという見解が数多く出てきている。私自身も、4月20日付のプレジデントオンラインの記事で、その点について書いた。
この学歴詐称問題は、小池と同時期にカイロに滞在した人たちなどから、つとに指摘されていたが、今回は小池氏元側近の小島弁護士が真相を暴露したのである。その衝撃の大きさは、これまでとは次元が異なる。
小島氏によると、2020年の都知事選直前に、自ら疑惑もみ消し工作を行い、東京のエジプト大使館にも協力を求めたという。これで小池氏はエジプトに頭が上がらなくなってしまっている。
小池氏は国政に復帰し女性初の総理を狙いたいのだろうが、外国に弱みを握られた政治家に外交は不可能である。しかも、エジプトはもともとロシア以上の秘密警察国家で、民主主義体制とはほど遠い国である。
今回の都知事選立候補に当たり、小池氏は、選挙公報の経歴欄にどう記載するのであろうか。
もし、「カイロ大学卒業」と記せば、小島氏は訴えると明言していた。実際、6月18日に小島氏は記者会見を開き、小池氏を公選法違反で刑事告発したと発表している。今後、この問題は司法の場で決着が付けられることになる。
小池氏は、本当にカイロ大学文学部社会学科を卒業したことを証明しなければならない。また、卒業証明書や成績証明書が正式なものであることも立証せねばならない。
エジプトは、公文書、私文書を偽造するのが当たり前の社会だと抗弁しても、それは日本の裁判所では通用しない。
私は東京大学法学部の卒業だが、卒業証明書もあれば、成績表も残っている。もちろん本物である。小池氏と違って、コピーではなく、本物を公開することができる。
学歴詐称疑惑が引き続き話題になり、これからも新たな証言が飛び出せば、小池氏は都知事の職務に専念などできないであろう。
小池氏は、若い頃の自分の著書の奥付に、「カイロ大学首席卒業」などと経歴を書き、私には「学生が一人しかいなかったので、首席でもビリでもある」と語った。
ところが、都知事になってからの記者会見では、〈非常に生徒数も多いところでございますが、ただ、先生から、「非常に良い成績だったよ」とアラビア語で言われたのは覚えておりますので、嬉しくそれを書いたということだと思います〉と平気で言ってのけている。
その神経の図太さと嘘をつく能力には脱帽だが、学歴詐称疑惑は今後も小池氏のアキレス腱となるだろう。
ちなみに公選法違反は3年の時効だが、公文書や私文書の偽造は、7年や5年の時効のため、2020年の都知事選における学歴詐称についてもまだ罪を問うことができる。
8年前、小池氏は「7つのゼロ」という公約を掲げた。①都道電柱ゼロ、②ペット殺処分ゼロ、③待機児童ゼロ、④満員ゼロ、⑤残業ゼロ、⑥多摩格差ゼロ、⑦介護離職ゼロ、である。
だが、公約の中で実現したのは、②のみである。
これでは小池氏も恥ずかしくて、自らの政策の検証すらできないだろう。学歴詐称疑惑と同じで、小池氏は有権者が忘れるのを待っているのではないか。
東京都は大金持ちの都市である。大企業の本社が数多く東京に集まり、法人住民税、法人事業税の収入が巨額にのぼるからだ。東京都は、国から地方交付税交付金を支給されていない唯一の自治体である。
この豊かな財政を利用して、ばらまき政策を実行し、人気取りに使ったのが小池氏である。
小池氏は、都内に住む18歳以下の子どもに対して、親の所得に関係なく、月額5000円(年額6万円)を支給する制度を2024年1月から実行に移した。
また、「世帯年収が910万円未満」を対象としている私立高校の授業料支援制度について、2024年度から所得制限を撤廃した(公立高校については、国の支援金制度で、すでに所得制限が無くなっている)。
さらには、私立中学校の授業料を年10万円まで助成する支援制度についても、2024年度から所得制限を撤廃している。
豊かな財政が、小池氏のパフォーマンス政治、ばらまき政策、ポピュリズムを助長している。ばらまき政治には弊害があるが、都知事選を念頭に置いた選挙戦術に使われていると見ていいだろう。
私立高校の授業料まで無償化されると、何が起こるのか。
一般的に、私立高校のほうが施設や設備が充実している。そのため、公立と私立の授業料に差が無くなると、普通は私立に殺到する。その結果、公立高校の人気が下がって定員割れすることが懸念される。
さらに言えば、無償化の財源は税金だが、子どもが私立高校を目指す家庭は比較的裕福な世帯であると予想される。つまり小池氏の高校無償化とは、高額所得世帯を優遇する政策に他ならない。
このようなばらまき政治は、他の自治体との格差を広げることにもなる。私立高校の授業料まで無償になるになら、東京都に引っ越したくなる人が増えよう。それは東京一極集中をさらに悪化させる危険性がある。
小池氏は、6月18日、都知事選での公約「都政改革3.0」を発表した。今回は、「7つのゼロ」のような思いつきの政策の羅列ではないことを期待したい。
小池氏は、6月13日、X(旧ツイッター)を1年半ぶりに更新し、生成AIによる本人そっくりの「AIゆりこ」を公開した。
なぜこの手を使うのか。
第一は、話題作りである。この件が話題になれば、選挙活動とほぼ同じ効果を発揮するだろう。
第二は、学歴詐称疑惑などについての質問を避けるために、返事をAIに代替させたいのではないか。前回の都知事選では、新型コロナ流行時であったために、街頭演説や討論会は行わないで済んだ。今回は、「AIゆりこ」が答えますと言って逃げるのではないか。
「AIゆりこ」を紹介する動画には、「これまでの都政での取り組みをわかりやすく広く伝えるために、生成AIによる動画を作成しました。現職都知事として公務に邁進(まいしん)している小池ゆりこ本人に代わって、AIゆりこがお伝えします」という投稿がついている。
つまり、現職なので公務が多忙なため、選挙運動はAIに任せますと言って、他の候補との討論会などを避けるのではないだろうか。
4年前の都知事選の際に、学歴詐称疑惑のもみ消し工作を行ったことを側近が暴露したことは、さすがの小池氏にも実は相当にこたえているのではないだろうか。周りに知恵者がいて、「AIゆりこ」という手を考え出したのではないかと私は見ている。
第三に、「自分は最先端技術に強く、デジタル化などの推進に全力を挙げている。実際にこうしてAIを活用しているではないか」と、有権者に訴えることができる。やはり選挙活動の一環ということなのだろう。
しかし、「AIゆりこ」は選挙の基本から大きく外れる施策だ。街頭演説を行ったり、討論会に参加したりするのは、生の自分を有権者の前にさらけ出して審判を仰ぐためだが、小池氏のような選挙運動は果たして許されるのだろうか。
「AIゆりこ」を作り自分の代わりに選挙運動させることは、公職選挙法を改正して禁止すべきだと思う。
以上述べてきたように、小池が都知事選に当選し、3期目の都政を行うとしても、さまざまな問題が噴出するであろう。小池氏がレームダックとなるのはほぼ間違いない。だから、私は、「小池は政界を去るべきだ」と主張してきたのである。小池氏の政治家としての賞味期限はとっくに切れていると思う。
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(国際政治学者、前東京都知事 舛添 要一)