子を殺害された親の苦しみは計り知れない。
4年前、福岡市の商業施設で21歳の女性客が、当時15歳の少年に首などを包丁で何度も刺され、殺害された。
「娘はなぜ、こんな事件に巻き込まれなければならなかったのか」殺害された女性の母親は、その答えを司法制度を通じ、加害者の元少年に求めた。
癒えない心の傷は、さらに深くなった。それでも更生を望んでいる。
母親の胸にあるのは「こんなことしても何にもならないよ」という娘の最期の言葉だ。
21歳の娘は面識ない少年に刺され死亡した
2020年8月、福岡市中央区の大型商業施設で、客として訪れていた当時21歳の女性が、いきなり男に刃物で襲われ殺害された。
刺したのは、当時15歳の少年。
元少年は殺人などの罪に問われ、おととし懲役10年以上15年以下の不定期刑が確定している。
遺族が元少年とその母親に損害賠償請求
刑事裁判で刑が確定したあと女性の遺族(母と兄)は、元少年とその母親に対し、あわせておよそ7800万円の損害賠償を求める訴えを起こした。
元少年と母親は、事件の事実関係を認めた上で請求棄却を求めている。
加害者が少年であったことなどを考慮し、裁判はこれまで非公開で行われてきたが、9日、双方の主張・立証が尽くされたことなどから初めて法廷が公開され、女性の母親が証言台にたった。
娘を殺害された母「事件当時の事を思い出さない日はない」
娘を殺害された母親(50代)
「亡くなったあとに、娘がよく兄の自慢をしていたと聞きました。『よくお兄ちゃんの自慢をしている、お母さんに感謝している』とか。ものすごく私たちのことをよく言ってくれていたと後から知りました。
毎日毎日事件当時の事を思い出さない日はありません。
パトカーなどのサイレンの音を聞くと、その時の光景が浮かんで感情がよみがえってきて、精神科の先生からはフラッシュバックと言われました。今も薬が手放せません」
母親は女性と女性の兄と3人家族。代理人弁護士から事件の区切りはついたか聞かれると、「つくわけありません」と、答えた。
「娘の冷たい体に触れた時の手の感覚、今も残っている」 元少年に心情伝えたが・・・
母親は、民事裁判と並行して、被害者の心情などを加害者に伝える「心情等伝達制度」を利用した。
加害者の反省の情を深めたり、被害者の心情の整理を図ったりするため、2023年12月に始まった制度だ。
自身が犯した罪の重さやどんな子を殺したかということを理解してほしいと、担当官を通じて思いを伝えた。
許せない気持ちがあること、夢や希望を奪われ人生を崩されたこと。
どうして娘はこんな事件に巻き込まれなければならなかったのか、事件当日に娘が出かけることを引き留められなかったのか今も後悔していること。
事件当日に警察から娘のことについて聞かされた時の声、今も耳や手に残る、パトカーや救急車のサイレンの音、娘の冷たい体に触れた時の手の感覚。
そして、元少年にいくつかの質問をした。
しかし、およそ10日後に返ってきた回答には、信じられない言葉が並んでいたという。
信じられない回答 女性の母親「めちゃくちゃな言葉」
Q.公判時と現在の気持ちに変化はあるかA.ノーコメント
Q.娘に包丁を向けたとき、実際に刺したとき何を考えたかA.人はあっけなく死ぬんですね
Q.抵抗されたときどのように思ったかA.偽善者ですね
Q.人を殺してみたいと言っていたが、実際に殺してみてどのように思うかA.あっけないですね
Q.私の話に真正面から逃げずに向き当って謝罪の意味を答えてほしいA.ごめんですね
Q.被害弁償など支払う意思はあるのかA.支払いの義務はありません
娘を殺害された母親(50代)
「心情伝達したのは犯人にどれだけのことをしたのかとか娘がどんな子だったのか分かってもらいたかったんですよ。
人の心を持っているんだったら、少しくらいは謝罪の言葉が出るんじゃないかと思っていました。
でもめちゃくちゃな言葉でした。なぜそういうことを言うのか信じられない」
裁判で母親は、「出て来る言葉ひとつひとつが悲しくて悲しくて、怒りになって今も許せないです・・・」と心情を吐露したが、それでも更生を望む気持ちがあると話した。
娘を殺害された母親(50代)
「伝えてくれる担当官がどういう風に少年に対して言ってくださったのか疑問ですが、何度利用してもいいと聞いたので、時間が経ってもう一度制度を利用しようと思っています。事件の事を考え反省しているのかを知りたい」
元少年の母親と対面
娘を殺害された母親は事件から2か月後、加害者の元少年の母親と対面している。元少年の母親からの申し入れだった。
女性の母親によると、元少年の母親は「大事な娘さんの命を奪って申し訳ない気持ちでいっぱい」などと謝罪したが、「少年と事件後に1回会った以外、5年間一度も会っていない」とも話したという。
女性の母親は「親としての責任を問われないのはおかしいと思った」。
娘を殺害された母親の代理人
「元少年の母親から謝罪を聞いて、事件の事を重大に受け止めていると感じましたか?」娘を殺害された母親(50代)
「いいえ、受け止めていないと思いました。『少年と事件のことについて話していない、両親や親族にも誰一人話していない』と言っていました」
損害賠償を求めた裁判で、女性の母親は「元少年の監督義務者に該当するものの、適切な指導をしなかった」と訴えているが、元少年の母親は、少年が長期間施設に入所していたことなどを理由に「自身に監督義務違反はなかった」と主張している。
女性の母親は、「お金をもらっても娘の命は返ってこない。でも本人もちゃんとお詫びして謝っていこうと思っているならそれを形として求めたいと思っている。娘が生き返るならお金はいらない」と話した。
母を思いとどまらせた、娘の最期の言葉
弁護士に対し「加害者を殺してやりたい気持ち」と話していた女性の母親。
そのような気持ちの中で思いを食い止めていたのは、「こんなことしても何にもならないよ」という娘の最期の言葉だった。
女性が被害に遭っている最中に、元少年に伝えた言葉。
法廷での尋問の最後に、女性の母親は涙を流しながら話した。
娘を殺害された母親(50代)
「娘はものすごく良い子。家族みんな成長を楽しみにしていた。何であんなむごい殺され方をしなきゃいけないのか。今も頭から離れません。あの子は(元少年に)自首を勧めました。走って逃げれば良かったのに。そしたら助かったのに。そういう優しい子を、どういう子を殺害したのか分かってほしい。娘を返してほしい」
判決は来年3月24日に言い渡される。
RKB毎日放送 記者 奥田千里