「醜い」はダメだけど「醜くないから大丈夫ですよ」もやっぱりダメ…SNSで誹謗中傷を受け続けた東野篤子教授が、それでも発信をやめないシンプルな理由

〈 「日本の地雷処理やリハビリ支援は高く評価されている」東野篤子教授が語るウクライナ戦争の残念な現状と“痛みの少ない落としどころ”とは 〉から続く
昨年10月、ロシアによるウクライナ侵攻について発信を続ける筑波大学の国際政治研究者・東野篤子教授に対して、SNS上で誹謗中傷として茨城県警の幹部が侮辱罪で略式起訴され、罰金刑が科される出来事がありました。
メディアで発言する女性専門家は批判や偏見にさらされることが少なくないですが、東野先生は誹謗中傷を受けるさなか、ある「違和感」を持ったと言います。なぜ女性研究家は攻撃のターゲットになるのか、そして東野先生はどんな心境だったのかについてお話を伺いました。
「お化けみたい」「女に軍事なんかわからない」
――ロシアによるウクライナ侵攻について発信を続ける東野先生に対して、誹謗中傷を繰り返して侮辱罪で起訴された人が現職警官だったことにびっくりしました。具体的にどんなことを言われてきたのでしょうか。
東野 大きく分けて3つでしょうか。1つは、ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、メディアやSNSでロシアは間違っていると言い続けてきたので、ウクライナの立場に立ちすぎだという批判。
2つ目はルッキズムに関するもの。ロシアの侵攻が始まってからしばらく、1日にテレビ局を幾つもはしごして解説していたので、疲れちゃって目の下にクマが出来てしまったんです。また、私はエラが張っているんですけど、それらを踏まえて「お化けみたいなやつはテレビで見たくない」と。「化け物」と言われたこともあります。
そして3つめは、これは根深い問題なんですけど「女に軍事なんかわからない」というものですね。
――東野先生は、SNS上の批判中傷に対してしっかり返している印象があるのですが、無茶苦茶エネルギーが必要ですよね。
東野 私は学者なので、意見を曲解して真逆の解釈を流布されてしまうのは致命的なことなんですね。なのでそれは黙認できず「それは解釈が違います」と言い返すんです。すると向こうが感情的になって、とんでもない方向に論点が向いてしまう。例えば、私は9万人のフォロワーがいるんですけど「9万人のファンネルを連れて自分を潰しに来ている」と非難されたり。
――内容が正しいかどうかではなくて、フォロワー数の話になってしまう。
東野 しかも私は、ファンネルという言葉をSNSをやるまで知らなくて。どうもガンダム用語で、ガンダムが子機のようなものを飛ばして攻撃することから、自分の支持者に相手を攻撃させるように仕向けることを意味するらしいですね。でもそうやって、解釈の間違いを指摘しただけなのに「数の力で自分を潰そうとしている」と何回も書かれたんですよ。
――どんな風に指摘をされたんですか?
東野 例えばプーチン大統領がウクライナをネオナチだと言っていることについて「それは違う」と言ったら、「実際にネオナチっぽい人はいますよ」と反論される。でも、そんな人はドイツにもフランスにもいるし、ウクライナが特別そういう人が多い国なわけじゃない。そう言っても、わかってもらえないんです。言い返すとさらに炎上するので、言い返さない方がいいのかなと思う時もありますね。
――とはいえ放置していると、言っていないことが「東野先生の発言」として広まってしまう危険性がありますよね。
東野 曲解して絡んでくる人たちに反論し続けているうちに気づいたんですが、中傷する人たちって、何を言っても100%認識を変えないんですよ。むしろ、言い返すことによって粘着性を生んでしまうことが分かりました。
――よくわかります。
東野 これまで、私にとっては、ウクライナの現状やヨーロッパ各国の政情を学者として分析し伝えることが大事だと考えていたので、批判中傷してくる人たちについてそれほど気にしてこなかったんです。今でも葛藤していて、SNSで的外れな非難や捏造を目にすると、やっぱり言い返したくはなります。でも言い返しても、メリットよりデメリットの方が大きいと思ってしまいますね。
「炎上が怖いから発信を止めようというのは少し違うのかな、と」
――私もSNSでは度々炎上するのですが、個人の意見には反論しないようにしています。
東野 私の知り合いのインフルエンサーも、一切反論しない代わりに、自分が正しいと思う情報を湯水のごとく流し続ける手段を取っている人がいます。多くの情報に触れられれば、こっちの情報の方が正しいと思ってもらえると信じて。私もそれがいいなと思うようになってきました。
――量で勝負するしかないのも苦しいですね……。
東野 そもそも私がSNSで発信しているのは、筑波大学の教員としての仕事ではなくて、私が研究してきた国際関係のリサーチのお裾分けという意味合いが強いんです。だから秘匿性が高いものは別にしても、細く長く発信していった方が日本の将来にはいいと信じてるんですよね。そう考えると、炎上が怖いから発信を止めようというのは少し違うのかな、と。
――本職の研究者の方がSNSで発信しなくなったら、今以上に何を信じればいいかわからなくなってしまいますよね。
東野 もちろん学者仲間の中には、論文や本の執筆で研究成果を発表すればいいという考えの人もいます。ただ国際政治は刻々と状況が変わるので、タイムラグはなるべく避けたい。だからSNSで発信しているんですけど、中傷はその避けられないリスクですね。
「醜い」「化け物」はダメだけど、「醜くないから大丈夫ですよ」も難しい
――言論や主張の内容を批判されるのはともかく、SNSでは人格否定も多いですよね。特に外見をけなすルッキズムや、女性であること自体を攻撃するジェンダー問題には根深いものがあります。
東野 私は「醜い」とか「化け物」とか容姿に関して書き込まれると、「容姿について言うのは止めませんか」「差別にあたるから言ってはダメですよ」と、否定します。
その一方で難しいのが、「醜くないから大丈夫ですよ」と言ってくれる人たちです。善意で言って下さるのは分かっていますけど、外見をジャッジしていることになってしまうので、その人たちにも「それもちょっとダメですよ」と言うしかない。かばったつもりが本人から「ダメ」と言われたら傷つくと思いますが、それを認めてしまうと、本当に醜い人には「醜い」と言っていいことになっちゃうので。
――女性であることそのものへの攻撃も根強いですよね。東野先生に「女に軍事の何が分かる」という人がいるのも見たことがあります。
東野 それはむちゃくちゃ言われますね。例えば「ウクライナがNATOに加盟することなく今の状態で停戦しても恒久的な平和は訪れない」と主張したら、「戦争大好き女」と叩かれ「ウクライナ人を皆殺しにしたいのか」とまで言われました。でも同じことを東大准教授の小泉悠さんが言うと「さすが軍事評論家」となるんですよ。少なくともその点については私と小泉さんの主張はほとんど同じだと思うのですが……。
――誰が言うか、で判断されることは確かに多いです。
東野 さらに一歩進むと、「自分の論評が受け入れられないのは女性だからだと思っているだろうが、そうではなく単純に性格が悪く頭が鈍いからだ」という中傷もあります。デマを流されたときも、それは批判ではなく誹謗中傷ですよと返答したら「女だからって被害者意識をまくしたてて、自分を擁護している」と。
たかまつさんも、言論空間ではやりにくさを感じているのでは?
――SNSが炎上することは度々あります。討論番組などに出演させてもらって徐々に分かってきたのは、若い女性は聞き役になれという現場の空気感です。
一度ネットTVの討論番組で戸塚ヨットスクールの戸塚宏さんと一緒になったんですが、彼は子供によっては体罰もいとわないという考えなんですね。馬鹿という言葉も連発するので「教育者の方が“馬鹿”という言葉を使っちゃいけない」と言ったら「このヒステリー女が!」と。あまりにもひどい発言が続き危うく笑ってしまうような場面だったんですが、ここは笑って受け入れてはダメだと思い「ヒステリー女もダメです」と返した。
でも数日後に、SNSを見たら「まさにその通り!」と戸塚さんに賛成するような意見もたくさんあって。強い意見を言う若い女性によく反撃してくれた、という雰囲気でした。女性が主張することそのものへの嫌悪感が、日本にはまだまだあると思いましたね。
「私が鍵をかけたことでウクライナ関係者のアカウントに攻撃を…」
東野 ネット空間では、女性というだけで攻撃の対象になってしまうことがありますよね。一度、あまりにも誹謗中傷が酷いのでXのアカウントに鍵をかけて一部の人にしか見えない状態にしたこともあるんですけど、最近になって鍵を開けました。ウクライナが緊迫状態にあって情報発信を強化する必要がある時期だからこそ、多くの人に現状をお伝えしたいですし、何より誹謗中傷したい人は私が鍵をかけても止まらないこともわかりました。
――どうなったのでしょう?
東野 私が鍵をかけたことで、私という攻撃対象を失った中傷者が、日本のウクライナ関係者のアカウントに攻撃を向けたんです。一般の人がいわれなき攻撃を受けるくらいなら、研究で得られた知見を述べている私に向かった方がまだまし。
今は、外見についての中傷は抗議する、発信内容を歪曲された場合は事実関係を指摘する、という対応に留めています。それでも、後に続く女性たちにより良い未来を残せるように「あなたは明らかに、男性にしないことを私にしている」という声だけは上げ続けていくつもり。
SNSの世界はまだトライアンドエラー。まだ「解」は見いだせていませんが、ダメなものはダメ、と言い続けていくしかないと思いますね。
※取材の模様は YouTube でもご覧頂けます
(たかまつ なな)