静岡県の一家殺害事件で死刑判決を受けた袴田巌さん(88)が再審無罪となり、制度の見直しに向けた動きが本格化している。刑事訴訟法の改正について、超党派の国会議員連盟が今国会での実現を目指す一方、法務省でも今春以降、議論するという異例の展開となった。同省は改正の要否を含めて検討するとしており、両者の温度差は大きい。(山下真範)
「冤罪(えんざい)で48年も拘置所に入った巌の苦労を、法改正という形で生かしてほしい」。袴田さんの姉・ひで子さん(92)は今月、そう話した。
袴田さんは昨年9月、逮捕から58年を経て、再審無罪判決を受けた。再審請求では、検察から無罪に結び付く証拠が開示されるまで30年近くかかった。再審開始決定が出ても検察が不服申し立てを行い、手続きが長期化した。
再審は「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」がある場合に開かれる。刑訴法には再審に関する規定が19か条しかなく、再審請求での証拠開示に関する明文規定もない。ひで子さんは「法律に不備がある。検察の不服申し立てを禁止して迅速化するべきだ」と訴える。
福井市の女子中学生殺害事件でも、有罪判決を受けて服役した前川彰司さん(59)の再審開始が昨年10月に確定した。検察から重要な証拠が開示されるまで約20年がかかり、2011年に再審開始決定が出たものの、検察の不服申し立てで取り消された経緯がある。
再審制度の見直しに向けて、まず動いたのは超党派の国会議員連盟(会長=柴山昌彦・元文部科学相)だった。1月28日、刑訴法改正案を公表し、今国会での成立を目指す方針を示した。
改正案では、再審請求者側から開示請求が出た場合、裁判所は原則として検察に対して開示を命じるよう義務化。裁判所が再審開始を決定した場合、検察側による不服申し立てを禁止することも挙げた。議連には与野党から約370人の国会議員が名を連ねており、衆院法制局と協議し、実効性の確保を図った。
刑訴法を所管する法務省も、鈴木法相が今月7日、再審制度の見直しについて、法制審議会(法相の諮問機関)に諮問する考えを表明した。同省が所管する法律を改正する場合、法制審に諮問し、答申を受けて改正案を国会に提出するのが慣例だ。今回は、議連も独自に刑訴法改正案を国会に出す構えで異例の展開となっている。
法務・検察側には議連の改正案について「証拠開示の範囲が過大で、誤った再審開始決定の是正もできなくなる」との懸念が根強い。鈴木法相は7日の閣議後記者会見で「法整備をするべきか、するべきではないか、決め打ちをするということではない」と発言。法制審には論点を絞らずに諮問する予定で、議論は少なくとも1年はかかるとみられる。
議連では「肝心なのは中身とスピード。法制審の結論は内容が乏しい可能性もある」との意見が出ている。17日には鈴木法相に対し、法制審の委員に冤罪被害者らを入れるよう求めた。
会長の柴山氏は鈴木法相との面会後、「法制審がより詳細な議論をするというのであれば、対立をするものではない」としつつ、証拠開示など重要な点に絞った形で議員立法を先行させる考えも明かした。
再審制度に詳しい成城大の指宿信教授は「再審は、無実の人に早期救済の機会を保障するもので、検察側の不服申し立てを禁止したり、証拠開示を義務化したりする法改正が早急に必要だ」と指摘。「法務省に急ぐ気がなければ、議連の改正案を先行して議論し成立させるべきだ」と話している。
刑事裁判官集め研究会…司法研修所
長期化が問題となっている再審手続きについて、最高裁の司法研修所は18日、全国の刑事裁判官約30人を集め、課題や改善策などを議論する研究会を開いた。再審の長期化をテーマにした研究会の開催は初めてとみられる。
最高裁によると、研究会では、証拠開示の対応に苦慮したケースなどが報告された。改善策として、法曹三者で争点に関する問題意識を共有することが迅速化につながるなどの意見が出たという。具体的なケースの検証は行われなかった。
最高裁は「裁判所には迅速・適正な審理が求められており、そのための工夫を現場の裁判官で共有してもらいたい」としている。