障害者ホーム「シェアNo.1」の会社で起きていたこと 文書捏造、害虫発生、是正勧告に従わず…

障害者福祉の世界で有名な会社がある。「アニマルスピリット」を略した「アニスピ」という会社だ。「保護犬・猫と一緒に暮らせるペット共生型」とうたい、障害者向けグループホームを主にフランチャイズで展開。ネットで多数の広告を出し、「全国で累計約1900拠点」「シェアNo.1」とPRしている。 だが、その会社が直接運営していたホームでは、スタッフが文書を捏造したり、害虫が発生したりするトラブルが相次いでいた。会社は労働基準監督署から受けた是正勧告や、自治体からの報酬(給付金)返還請求に長期間応じていなかった。代表取締役は業界の「革命児」を称している。(共同通信=市川亨)
▽「ここまでの怒りは人生初めて」
アニスピホールディングスが直営していた障害者グループホーム「わおんなにわ」で働いていた岸谷綾さん(仮名)=2024年9月、大阪市
大阪市福島区の住宅街。最寄り駅から徒歩5分ほどにある小さな一軒家がそのグループホームだった。現在は別の会社が運営していて名前も変わっているが、郵便ポストには「わおんなにわ」というシールが残っていた。 わおんなにわは「アニスピホールディングス」という会社が2024年8月まで運営していた。代表取締役は藤田英明氏(49)。同社は24年11月に2社に分かれ、中核であるフランチャイズ事業は藤田氏が社長を務める「アニスピHD(エイチディー)」、約70カ所あった直営のホームは「SCJ」という会社が引き継いだ。
「ここまで怒りを感じたのは、人生で初めてでした」。わおんなにわで働いていた元社員の岸谷綾さん(仮名)はそう振り返る。何があったのか。岸谷さんや他の元社員、大阪市に取材した。
▽「本社で作ってもらった。『あるある』だ」
アニスピホールディングスが運営していた障害者グループホーム「わおんなにわ」だった建物=2024年11月、大阪市
問題が起きたのは2023年11月のこと。わおんなにわは大阪市の定期的な実地指導を受けることになっていた。当時、ホームの管理者が辞めてしまっていたため、旧アニスピ本社から代わりに男性スタッフA氏が派遣されていた。
実地指導に備えてホームの書類を確認していたA氏は、事故の一歩手前の「ヒヤリ・ハット」の記録件数が少ないことに気付く。岸谷さんによると、記録を怠っていたわけではなく、実際に件数が少なかったのだが、A氏は市に突っ込まれるのを恐れ、架空の事例を捏造し、件数を水増し。他のスタッフが異論を唱えると、「他の拠点でもよくやっていた」「この業界では『あるある』だ」として「本社で作ってもらった」と話していた。共同通信が入手した会話の録音にこうした音声が記録されていた。
スタッフが市に通報して捏造が発覚。会社は市の指導を受けて2023年12月に末書を提出したが、岸谷さんが「事実関係をごまかしている」と指摘すると、訂正して24年5月と6月に再提出した。 その過程で、A氏が同じ理由で事故報告書も捏造していたことが判明。さらに、後に就任したホームの管理者は、捏造について従業員に説明した会議録を作った際、不在だった従業員の印鑑を勝手に押していた。A氏はこれとは別の不祥事もあり、自主退職した。
▽トコジラミや賃金未払いも
障害者向けグループホーム「わおんなにわ」で発生したトコジラミ=2023年6月、大阪市(関係者提供)
わおんなにわで起きていたトラブルは、これだけではなかった。 「南京虫」の名前で知られる害虫トコジラミが2022~23年に発生、複数の入居者が刺された。「本社に相談したが、ちゃんと対応してくれず、被害が長期化した」。岸谷さんはそう訴える。
入居者から食費を過大徴収していたことも判明。大阪市は2024年8月にホームへ立ち入り検査に入り、トコジラミの被害は身体的虐待、食費の過大徴収は経済的虐待に当たるとみて調べている。 スタッフへの賃金未払いもあった。岸谷さんは、ホームがオープンした2020年から働いていたが、3年近くの間、時間外と深夜労働の割増賃金が支払われなかった。
西野田労働基準監督署=2024年11月、大阪市
岸谷さんから相談を受けた西野田労働基準監督署(大阪市)は2023年11月、未払い賃金を支払うよう旧アニスピ社に是正を勧告。だが、会社は勧告に従わず、岸谷さんは約300万円の支払いを求めてやむなく大阪地裁に提訴した。
岸谷さんとは別に、ホームの元管理者の男性は「労働時間の記録を会社に改ざんされていた」と訴え、やはり未払いの残業代など約1200万円を請求する訴訟を起こしている。どちらも裁判は係争中だ。
▽「虐待とは考えていない」
アニスピHDの本社が入るビル=2024年12月、東京都千代田区
取材を進めると、大阪以外でも問題が起きていたことが分かった。 群馬県伊勢崎市で旧アニスピ社が運営していたグループホーム「わおん伊勢崎」。県によると、入居者の個別支援計画を適切に作っていないなどの不備があった。そうした場合、障害福祉サービスの報酬(給付金)は減額されるため、ホームは報酬を過大に受け取っていたことになる。 過大受給額は少なくとも約660万円。群馬県は2024年3月に返還を求め、会社は同年5月末までに返すとしていたが、8カ月以上たった今年2月5日時点でも返還が済んでいなかった。
これらの問題について会社側はどう答えるのか。旧アニスピ社の直営ホームを引き継いだSCJは、わおんなにわでの文書の捏造と管理者による無断押印を事実と認めた上で、次のように回答した。 「あってはならない誠に遺憾な事案で、非常に重く受け止めている。会社が組織として捏造したり、他の拠点でも行っていたりした事実はない。再発防止策として、帳簿管理や記録の重要性を周知徹底し、記録の作成・確認フローを見直した」
トコジラミの発生と食費の過大徴収については、こう答えた。 「トコジラミの発生長期化は、現場の判断ミスと本社の指示の不十分さが要因で、虐待とは考えていない。食費については徴収額と実費で差額が生じたもので、『過大徴収』とは考えていないが、長期間、精算していなかった。入居者8人に約21万円を返した。退去した人には返金できていない」
労基署の是正勧告については「労基署と見解の相違がある」として、労働時間の記録改ざんは否定。群馬県からの報酬返還請求に関しては「一部は返還済みで、残りは2024年12月に返還計画書を提出した」と回答した。
▽高齢者の「お泊まりデイ」で物議
新旧アニスピ社を設立した藤田英明氏とはどういう人物なのか。 実は10年ほど前には高齢者介護の世界で物議を醸したことがあった。別の会社で「茶話本舗」という名称の高齢者向けデイサービスを運営。宿泊もできる「お泊まりデイ」という形態でニーズをつかみ、フランチャイズで全国に展開した。
だが、お泊まりデイ自体が「狭い部屋で高齢者を雑魚寝させている」などと社会問題になり、藤田氏は障害福祉の世界に転身。旧アニスピ社の前身の会社を2016年に立ち上げ、保護犬・猫と暮らせる「ペット共生型」とうたうグループホームを「わおん」「にゃおん」という名称で始めた。
▽「加盟店集めに年6億円」
障害者向けグループホームのフランチャイズ加盟を募集する「アニスピHD」のSNS広告
アニスピ社だけでなく、「日本厚生事業団」という株式会社や「全国障害福祉事業者連盟」という一般社団法人など多数の会社・法人を設立。業界の「革命児」「異端児」と称するその事業拡大手法の特徴は、フランチャイズへの参画を呼びかける大量のネット広告だ。 「売上の9割が国の給付金 新福祉ビジネスFC募集」「3年で年商5億円」。こうした言葉でSNSに多数の広告を掲載。グループホーム以外にも訪問看護や就労支援など複数の事業を手がける。
藤田氏は過去にセミナーなどでこう語っていた。「僕が重要視しているのはマーケティング戦略。加盟店集めに年間6億円使っている」「事業を複合化することで客単価や利益率が上がる」
ただ、アニスピ社が広告で掲げる「約1900」というグループホームの拠点数はあくまで「累計」。フランチャイズ契約を解除したり閉鎖したりしたホームも含んでいる。藤田氏は「約4割の加盟店は2年で卒業(解約)する」と話す。契約を維持した状態で運営しているホームは何カ所あるのか、アニスピHDに聞くと「今年1月1日現在で370カ所」と答えた。 元社員の岸谷さんはこう話した。「組織の体制や運営管理をしっかりしないまま短期間で事業を拡大させたから、いろいろな問題が起きている。一般の人には『大手だから』『広告で見たから』ではなく、支援の質をしっかり見て選んでほしい」 × × × この記事に関する情報やご意見をお寄せください。 共同通信社・特別報道室 [email protected]