「申し訳ありません。その日は保育園のお迎えがありまして……」
「では、そのあとメールをご確認いただくことはできますか?」
「子どもに晩ごはんを食べさせて、お風呂にも入れないといけないので、返信が深夜になりますが……」
「すごい! イクメンですね」
これは、私が取引先の方と交わした会話です。私はなぜか「イクメン」と呼ばれると、イラっとしてしまいます。もちろん、相手に悪気はありませんし、社交辞令的に「イクメン」という言葉を使っていることも分かっています。
私は、2歳と5歳の子どもを育てる父親です。正社員としてフルタイムで働く一方、妻は時短勤務をしています。妻と私は都内に住んでいるのですが、お互いの親は遠く離れた場所に住んでいます。いわゆる核家族です。妻が仕事の都合でどうしても残業をしないといけない日には、私が代わりに保育園のお迎え、食事と風呂の準備、寝かしつけをしています。また、2人目の子どもが生まれる前に妻が長期入院したため、その間は働きながら長男の面倒を見て、育児休暇も取得したことがあります。
今回、筆者が「イクメン」という言葉にイラっとしてしまう理由をコラムにしようと思ったのには理由があります。「男性も育児参加を!」「女性も子育てしながら働こう!」というのが当たり前になっています。一方で、子育てに追われる親の実情が職場の上司や同僚に伝わらず、いろいろと残念なことが起きていると感じているからです。
予想以上にキツすぎた夫婦だけでの子育て
まず、私がどれほど仕事以外の時間を家事と育児に費やしているか説明させてください。「頑張ってるアピール」をしたいわけでなく、まずは実態をご理解いただきたいのが理由です。
私は、働く時間と寝る時間以外のほぼ全てを家事と育児に使っています。平日は午前6時に子どもたちに強制的に起こされます。その後、私と妻は分担して朝食を作り、子どもに食べさせ、服を着替えさせます。「テレビが見たい!」「●(弟の名前)が僕のパンをとった!」などと騒ぎ立てる子どもをなだめながらタスクをこなす必要があるので、全ての作業はスムーズには行きません。
朝食後は、妻が洗濯をしつつ、私は食器を洗います。食洗器に収まらない食器や、料理で使った鍋は手で洗います。ぐちゃぐちゃになったテーブルや床を掃除して、保育園に持っていく道具を準備しているとあっという間に午前8時過ぎになります。
保育園の登園も一苦労です。長男と次男が同じ保育園に通っているのですが、言うことを聞きません。靴下と靴を履かせるのにも意外に時間がかかりますし、親もイライラしてしまいます。「保育園に行きたくない!」といって、逃げ回る長男を説得しなければいけない日もあります。登園途中も兄弟でケンカをするので、周囲に迷惑をかけないかと親はヒヤヒヤしています。
このように、全てのタスクを進めようとすると、子どもだけでなく周囲への配慮が必要になるため、肉体的・精神的に疲れてしまいます。休日、子どもと過ごす時間が得られるというのはとても貴重なのですが、1日中一緒にいるので疲れてしまうのは同じです。
私の両親は商店を営んでおり、祖父母とも同居していました。忙しい両親に代わって、祖父と祖母が幼い私の相手をしてくれました。しかし、この東京では家事・育児・仕事を全て私たち夫婦だけでしないといけません。家事代行サービスなども利用していますが、いろいろと限界があります。この点については別のコラムでご紹介したいと思います。
なぜ、「イクメン」という言葉にイラっとするのか
妻も私もお互いがやれるだけやって、大変な暮らしを乗り切ろうということは覚悟していました。われわれ夫婦と同じような苦労を抱えている方々はたくさんいることも承知しております。ただ、子育てをして気付いたのですが、独身の方や、パートナーに育児や家事をかなり任せているビジネスパーソンの方には、子育ての“リアル”を伝えにくいなあと思わされる機会が多いので、あえて長々と私の置かれている状況を解説しました。
さて、こんな私のことを「イクメン」と表現されるのには違和感があります。理由は3つあります。
言葉が軽すぎる
イクメンという言葉が本格的に浸透し始めたのは、2010年に「イクメンプロジェクト」を厚生労働省が立ち上げた頃だとされています。立ち上げ時のリリースには「働く男性が、育児をより積極的にすることや、育児休業を取得することができるよう、社会の気運を高めることを目的としたプロジェクトです」と記載されています。背景には、同年6月30日に施行された改正育児・介護休業法もあるようです。
現在、イクメンプロジェクトの公式Webサイトを見ると、「イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性のこと。または、将来そんな人生を送ろうと考えている男性のこと」とされています。
男性が子育てをするのはハードルが高いので、「イクメン」という明るくて軽やかな言葉を積極的に使い、参加を促そうという趣旨だと推察いたします。社会運動を進めるためには、キャッチーな言葉が必要だとも理解してはおります。
しかしながら、カッコイイ男性を指す「イケメン」と語感が酷似していることも重なって、言葉が軽すぎる印象を受けてしまいます。
必死に家事や育児に取り組んでいる母親や父親からすると、とてもじゃないですが「楽しむ」とか「成長」なんて考える余裕はないでしょう。政府は働く女性を増やそうと「輝く女性の活躍を加速させる」などというスローガンを掲げていますが、妻は「子どもはかわいいけど、(忙しすぎて)私はボロボロ」とため息をつくこともあります。つまり、実態は死ぬほど大変なのに、中身が薄いと感じさせられる言葉で表現されるとイラっとしてしまうのです。
家事が軽視されている
家庭を運営していくにあたり、家事は非常に重要な行為であり、育児と密接に結びついています。しかし、「イクメン」という言葉が強すぎるあまり、“男性が育児に関わる”という点に強くフォーカスされてしまいます。
仕事と育児を両立しやすい職場だとアピールするため、育児休暇を取得した社員の座談会などを公式Webサイトに掲載する大手企業が増えてきています。私も、コラムを執筆するにあたって、そういった特設ページを研究してみました。しかし、妻と夫と子どもが笑顔で遊んでいる写真などが目立ち、家事は軽視されている印象です。
「妻の産後という大変な時期に手伝っただけ」もしくは「日常的に家事や育児の一部分を手伝うだけ」で「イクメン」と称される事例が散見されます。もちろん、何をしないよりはマシですが、「イクメン」を使うハードルが低すぎて、子どものおしめをかえたり、一緒にお風呂に入ったり、公園で一緒に遊んだりするだけで、「俺は十分やっている」と考える父親を大量に生み出しそうです。
積水ハウスは「イクメン白書 2019」を9月19日に発表しています。これは、小学生以下の子どもがいる20~50代の男女9400人に対して行ったインターネット調査の結果をまとめたものです。男性の47.1%が「自分はイクメンだと思う」と回答し、女性の50.9%が「夫はイクメンだと思う」と回答しています。私の実感と照らし合わせると、「イクメン」はインフレ状態です。
また、この調査によると、夫が行う家事・育児の中で得意なもののベスト3は、「子どもとの遊び」(38.2%)、「ゴミ出し」(34.3%)、「子どもの入浴」(28.0%)となっています。私に言わせると、これらは家事・育児の中では“軽量級”のタスクです。働きながら必死に子育てをする母親は、「名もなき家事」と呼ばれる細かいけどやらないといけない無数の雑用に追われています。果たして、イクメンのうちどれだけが“その他大勢”の家事を手伝っているのでしょうか?
「育児は女が中心」という考え方を強化する
「イクメン」という言葉の使われ方を見ていると、「男はあくまで仕事がメイン。ちょっと奥さんを手伝ってやるか」というニュアンスが漂ってきます。管理職が男性ばかりの状況で、昇進した女性を「女性管理職」と表現するのと同じで、男性が育児をするのが珍しいというのが前提になっています。
複数の働くママ友の話を聞くと、本当はもっと家事・育児に参加してほしいと考えているのですが、「夫がこれだけ(家事・育児を)やってくれているから、もう十分」と諦めているケースがかなりあります。女性側の諦めの結果ではなく、夫婦がお互いに合意した役割分担をしっかりこなすのが当たり前の社会になって、イクメンという言葉が使われなくなるのが最も望ましいです。
私のケースでいうと、母子手帳の管理といったようにどうしても母親が中心に回したほうが効率的な“業務”は任せざるを得ませんが、それ以外はその都度話し合って決めています。
長々と毒づいてしまいましたが、私が、イラっとしてしまう理由をご理解いただけたでしょうか。