《うたたねしているような心地よい気分》《不安や苦痛を感じることは一切ありません》-。虫歯治療などの際、点滴や注射で鎮静剤を投与する「静脈内鎮静法」について、こう宣伝していた東京都内の歯科医院で令和元年、女性患者が低酸素脳症で死亡した。警視庁は今年3月、当時の男性院長らを業務上過失致死容疑で書類送検。施術は適切に行えば安全性が高いとされるが、関係者は病院選びの際に認定資格者を確認することなどを推奨している。
「深く考えず」
「口の中に器具が入ると、吐きそうになる」。捜査関係者によると、亡くなった女性患者=当時(57)=は歯科治療にそんな不安があり、公式サイトなどで静脈内鎮静法の利点を強調していた東京都新宿区の同院(現在は閉院)を訪れたという。
女性は鎮静剤を投与された後、舌が気道をふさぐ「舌根沈下」を起こし呼吸が停止するなどして翌日に死亡した。
警視庁捜査1課は今年3月11日、鎮静剤投与の副作用を認識しながら、医療機器を使って血圧や脈拍を測定するなど必要な経過観察を怠ったなどとして、業務上過失致死容疑で当時院長の70代男性歯科医らを書類送検した。
捜査関係者によると、同院は平成7年の開院以降、静脈内鎮静法を約1700件実施。催眠鎮静剤の過剰投与も繰り返していたとみられるが、男性歯科医は調べに「大惨事が起きていなかったため、深く考えていなかった」と話したという。
リスクも警告
静脈内鎮静法は患者の不安や恐怖、緊張を抑制できる上、鎮静状態からの回復が早く、多くの場合は外来で受けられる。外科処置を伴うインプラント手術にも活用され、施術中の記憶をなくす効果も期待できるという。
一方、一般社団法人「日本歯科麻酔学会」が29年に改訂したガイドラインでは、投与の量や速度によっては、低酸素症や心停止などの合併症が発生するリスクも警告。「十分患者監視を行うとともに、それに対する対策を準備しておくことが重要」としている。
書類送検された歯科医らは催眠鎮静剤に副作用があると知りながら観察を怠り、歯科衛生士らにも指示しなかったとされる。歯科医らは当時、日本歯科麻酔学会には所属しておらず、学会関係者は「会員がモニタリングせずに静脈内鎮静法をすることはない」と話す。
認定施設は症例なし
16年度に全国の歯科大学や総合病院歯科などを対象に行われた調査によると、歯科治療での静脈内鎮静法は77施設中、70施設で実施。1年間の実施総件数は1万7971件で、5割超の施設が「術中に患者の呼吸抑制と舌根沈下を経験した」と回答した。患者が一時的に呼吸停止に陥ったケースは8施設、心停止は4施設で発生していた。
一方、日本歯科麻酔学会の認定を受けた32の歯科麻酔学指導施設で26~30年、行われた調査では12万7819件の静脈内鎮静法が実施されたが、麻酔関連の心停止、死亡症例はなかった。
同学会の宮脇卓也理事長は「日本歯科専門医機構認定の歯科麻酔専門医や、当学会の認定医は歯科麻酔の研修を十分に積んでいる」と説明。静脈内鎮静法を受ける場合、同学会のホームページに掲載されている認定資格者を確認した上で医院を選ぶことを推奨し「歯科麻酔科医が勤務している歯科医院が一目見て分かるようにすることも必要」としている。(前島沙紀)