政府・与党が、国民一律の現金給付を断念したのは、「バラマキ」批判が想定以上に広がったためだ。夏の参院選を見据え、経済対策の目玉として仕込んだ秘策は、わずか約1週間でしぼんだ。(岡田遼介、太田晶久)
「一律給付への熱は冷めた。与党も同じでしょう。今ある財源で対策を行う。補正予算案は組みません」
首相周辺は15日、与党幹部にこう通告した。これに先立ち、石破首相と自民党の森山幹事長、小野寺政調会長が首相官邸でひそかに協議し、最終判断は首相に委ねられていた。
実現を訴えてきた自民幹部は同日夜、「かえって票を減らすだけだ」と述べ、一律給付の断念を受け入れる考えを示した。
案が急浮上したのは7日に東京株式市場が暴落した直後だ。米国の関税措置が日本経済に与える影響に与党内で危機感が広がった。
8日午後9時過ぎに首相公邸に戻った首相は、この日も裏口から森山氏と自民の木原誠二選挙対策委員長を迎えた。森山氏らは「素早く手当てするには、これしかありません」と、一律給付を提案した。
森山氏らは、物価高を考慮すれば年間1人3万5000円~4万円が実質減収になると独自に試算していた。首相と森山、木原両氏は支給するには補正予算案の編成が必要だとの認識で一致し、1人3万~5万円の給付案の具体化に入った。
給付案は公明党からもわき上がっていた。公明は過去にも新型コロナ禍を受けた2020年の1人10万円給付を主導した。幹部の一人は「インパクトという意味で10万円がいい」と息巻いた。
誤算だったのは、協力を期待する野党からの「バラマキ」批判だった。少数与党下で補正予算を成立させるには、野党の協力が不可欠だが、SNSでの発信を重視する国民民主党の榛葉幹事長は10日の記者会見で「集めた税金を給付金でまくんだったら、最初から取るな」とまくしたてた。
当初予算で賛成に回った日本維新の会も、前原誠司共同代表が「選挙前の明らかなバラマキだ。国民から見透かされる」と周囲に語るなど、反対姿勢を明確にした。
無理に補正予算案に賛同を得ようとすれば、野党からさらに高い要求をのまされるのは必至だ。財政規律の緩みを恐れる財務省は、過去の給付例の検証から「貯蓄に回って効果がなかった」と与党幹部に説いて回った。
「ダメ押し」となったのは、世論調査の結果だ。11~13日に行われた読売新聞社の全国世論調査で、一律給付が効果的だと「思わない」との回答が76%に上った。
公明の西田幹事長は15日朝、都内で会談した森山氏に対し、マイナンバーの取得者が受け取れる「マイナポイント」を付与する案を示し、「現金給付よりはポイントの方が消費に回る」と迫った。だが、すでに給付断念に傾いていた森山氏は首を縦に振らなかった。
公明は消費税などの減税に軸足を移している。減税の成否は、年末の税制改正協議がヤマ場となる。
「今回は順序立てた進め方ができなかった。参院選では、経済対策を掲げて国民の判断を仰ぐ」。公明幹部は16日、こう語った。
「トランプ関税」に端を発した攻防は、舞台を移して続くことになる。