「名古屋の悪夢」は払拭されたのか 法務省が掲げる収容者の待遇改善、東京入管施設ルポ

不法滞在外国人の収容施設を見学するため、東京出入国在留管理局(東京都港区)に赴いた。名古屋入管の施設に収容されていたスリランカ人女性の死亡事故で大きな注目を浴び、法務省は全国の施設で「収容者の待遇改善を進めている」としている。保安上の理由から内部の写真撮影はできないが、実態はどうなっているのか。現状を取材し、報告する。
窓口に行列
3月某日、JR品川駅からバスで10分ほどかけて12階建ての品川庁舎に着いた。上層階にある収容施設に向かおうと建物内に入ると、目に入ったのは相談などのため訪れたであろう外国人でごった返すロビー。1~2階にある多数の窓口に行列が連なっていた。
1階の相談窓口は8カ国語で応対しており、応援も含めると最大17言語に対応できるとのこと。2階の在留カード申請窓口もごった返しており、職員からは「もっとオンライン申請を活用してほしい」との声が漏れた。
難民申請はタイ人が増加
3階には難民申請者と向かい合って面接する殺風景な部屋があった。その室内で「東京入管ではスリランカ人、トルコ人、パキスタン人の順で申請が多い」と説明を受けた。
内戦や民族対立のあるスリランカ、トルコにはクルド民族がいるので合点がいくが、最近はタイ人の増加も目立つという。職員は「難民とは到底言えない申請者も多い」と打ち明けた。
日本は難民認定率が1%未満で、10~30%台の欧米と比べて相当厳しい。ただ、認定基準を緩めれば、欧米と同様の移民問題が懸念される。実際に顔を合わせて審査する職員の苦労が目に浮かんだ。
6階は「不法滞在者ゾーン」。不法残留外国人は入管の入国警備官や警察に摘発されるイメージが強いが、実際はかなりの人数が帰国を希望して出頭してくるという。
「稼ぎに来たのに働けない」「本国の家族が体調を崩した」といった動機が多い一方、「永住資格のある異性と結婚したから残りたい」との申し出も少なくないという。
非常勤医は12人
目的の収容施設は7~11階。7階には収容前の健康状態を確認する医療スペースが設けられており、歯科や内科などの診療室、放射線科のレントゲン室がある。
東京入管の常勤医師は2人。うち1人は施設裏の職員宿舎に住んでいるそうだ。非常勤医は精神科医も含めて12人。看護師や薬剤師もいる。
名古屋入管の事故後、出入国在留管理庁は「収容10日以内の健康診断」を義務付けたが、東京入管の場合は当日か翌日には実施しているという。レントゲン技師2人も確保。検査で結核などが見つかり、外部の病院で治療を受けさせることもある。
拘置所との「差」
11階にある収容部屋を見学した。
拘置所や刑務所では収容者を入れておく部屋のことを「監房」と呼び、ここでの呼び名は「居室」。体験するため中に入った5人用のほか、8人用や10人用などがあった。
複数人を収容する監房を「雑居房」と呼ぶが、ここではそう呼ばれることはない。けんかをして隔離される1人部屋も「独居房」とは呼んでいないそうだ。
東京入管の建物は上空から見ると「X」の形をしており、東京拘置所と似ている。ただ、それぞれの居室は窓の大きさなど採光に配慮していて、取材したことがある拘置所や刑務所と比べても、明るい印象だった。
建物自体は築20年を優に超え、部分的に改修中。このため800人の収容定員が、現在は500人程度にとどまっており、取材当日では「267人が入っている」とのことだった。
起床は7時、消灯は22時。自由時間は9時半から正午と13時から16時半の計6時間で、お金があれば国際電話もかけられる。シャワー室は「別の施設で以前、首をつった人がいた」ため、タオルなどが掛けられない形状のシャワーヘッドが壁に埋め込むように設置されている。
特に苦労しているのが食事の手配。「宗教上の理由で細かい注文になる上に、物価高騰が重なり弁当業者が思うように集まらない」そうで、今年度は当初、1人1日1305円だった代金が、1425円に跳ね上がっている。
「鍛錬場」には旅客機の座席が…
12階には「鍛錬場」という道場のような部屋が。入国警備官が暴れたり逃げたりする不法滞在者を取り押さえるために逮捕術の訓練や、鉄アレイで体を鍛えるなどするためのスペースという。ただ「業務量が増えた」との理由から半分がパーテーションで区切られ、事務机が並べられて職員たちがそこでデスクワークをしていた。
入国警備官は、警察庁の警察官と皇宮護衛官、海上保安官や検察事務官などと同じ「公安職」の国家公務員。入管難民法の違反調査を担当し、任意の取り調べや裁判所の許可令状による捜索、入管内で「摘発」と呼んでいる身柄拘束が認められているほか、収容施設の警備や収容者への対応に当たる。
鍛錬場の隅には、旅客機のエコノミークラスで使われる座席が設置されていた。「強制送還(退去強制)中に飛行機を降りるのを拒否したケースへの対処法を学ぶため」という。トランジットにも付き添って母国に送り届けることもあるとは知らなかったので、少し驚いた。
見学はここで終了。写真撮影が認められなかったのは仕方がないが、収容者の声を直接聞く機会がなかったのは残念。また追加取材に訪れたい。(大島真生)

名古屋入管収容女性死亡事故
令和3年3月、不法残留の容疑で前年8月から名古屋入管の収容施設に収容されていたスリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさん=当時(33)=が死亡。遺族は適切な医療を提供しなかったとして殺人罪で入管局長らを刑事告訴したが、名古屋地検は検察審査会の議決も踏まえて2度不起訴とし、捜査は終結した。一方で入管当局による収容者への対応が問題視され、路上デモが東京や大阪でも起きた。