総額3・8億円の東京都・法政大の共同事業はなぜ中止に? 小池都知事肝いり、独自入手の内部メールで経緯を検証する

東京都と法政大による、起業家教育を推進する総額約3億8千万円の共同事業が、2025年度からの本格実施を前に突如中止となった。「事業に関わる研究者が資金を不正使用している可能性がある」として、大学が中止を申し入れたと都や大学側は説明する。だが当の研究チームは不正を否定し「むしろ都の担当者と約3カ月間連絡がつかずに放置され、中止に追い込まれた」と異論を唱える。双方の主張は食い違っており、真実はどこにあるのか。共同通信は研究チームと東京都職員とのメールのやりとりを独自入手。関係者への取材も交えつつ、事業が頓挫するまでの経緯を検証した。(共同通信=武田惇志)
▽未来を切り拓く起業家教育
中止となった東京都と法政大の共同事業のプレゼンテーション資料
問題となった事業は「東京の未来を拓(ひら)く起業家教育循環システム」。2024年度から3年をかけて、小中高校生が起業家教育を体験できる施設を都内に新設し、メンター役として関わる大学生も将来的に起業家として成長できることを目的としていた。 事業は小池百合子都知事の肝いり「東京大改革」の一環で、都民や大学研究者による「事業提案制度」に基づくものだった。小池氏はかつて記者会見で「とても画期的な新しい取り組み」と強調した。
2023年度に法政大・デザイン工学部の女性教授が公募し、その後、都民によるインターネットなどでの投票を経て採択されていた。同時期に都に新設されたスタートアップ・国際金融都市戦略室の所管となった。 事業の基本協定書によると、都側が事業を実施し、教授を代表とする法政大側が研究や助言をすると定められた。初年の2024年度は研究調査が中心で、海外への視察や起業家教育を担当させる職員の研修などを実施。2年目から施設をオープンさせる計画だった。
▽事業初年度に早くも暗雲
東京都千代田区にある法政大ボアソナード・タワー
関係者によると、事業がスタートしてから3カ月たった2024年7月、教授の研究チームと東京都の担当者が面会。研究チーム側が4~6月の第1四半期を振り返るプレゼンテーションを実施し、海外視察の成果や高校生・大学生との連携イベントなどについて説明した。
雲行きが怪しくなるのが、その直後からだ。7月末、研究チーム側が四半期報告書を提出すると、都側は「内容自体には問題ないが、公金を扱っているため執行状況がわかりやすい状態にしたい」と要望した。 その上で、教授側が提出した報告書に記していた三つの懸念点に関し、都のスタートアップ・国際金融都市戦略室は8月、書き換えを求めた。
報告書ではプロジェクト実行にあたって、三つの懸念点が示された。大学の既存の枠組みで施設のスタッフ育成など実行に必須な項目への対応が難しいと訴える内容だった。 (1)「大学の制度上、(施設運営に関わるスタッフ育成など)経費使用や雇用制度などに限界がある」 (2)「経費処理に相当な労力が割かれている」 (3)「研究の枠組みで(施設のスタッフ育成など)事業実施することに矛盾が生じている」
これに対し、都側は以下のように書き換えたいと伝えた。 「進捗についてはおおむね順調。一方、大学の制度(雇用制度、経費精算)における業務繁忙や研究の枠組みをプロジェクトへうまく反映させるなど、実施にあたってのハードルがあるため、解決しながら事業を進めていきたい」。
都側の要望には、順調に事業が進んでいると示したい意図がにじんでいた。
▽教授側は都側の書き換え要望をなぜ拒否したのか
2024年9月17日に教授が提出した文書
これに対し教授は、次のような理由を挙げて報告書の書き換えはしないと拒否した。 「(報告書を)記載した7月より2カ月たち、さらに状況が悪化しておりプロジェクト続行の見込みさえ難しい状況です。書き換えることで、私自身への責任範囲が拡大することを危惧します」 「(最初の報告書を)公文書として残したい所存です」
その後、8月に教授は法政大主催の起業家教育に関するシンポジウムの案内をメールで2回送ったが返信はなく、シンポジウムへの出席もしてもらえなかったという。
しばらく音沙汰がなかったが、9月6日になって都側の担当者からメールで質問事項が送られてきた。 そこには参考にしているイタリアのインキュベーション施設(専門家がスタートアップを支援する施設)について「当該HPではどのような取り組みをしているのでしょうか?」という記述があり、施設をウェブサイトと誤解しているように見受けられたという。教授は9月17日に回答し「近日お打ち合わせのお時間をいただければ幸いです」と申し入れたものの、応答はなかった。9月中にも2回、起業家教育のイベント案内をメールで送ったが返信はなく、出席もなかった。
▽都が突然、事業の中止を決定
2024年10月23日に教授が送ったメール
10月18日に第2四半期の報告書を提出したが都側から応答がなかった。このため、教授はスタートアップ・国際金融都市戦略室の担当部長に対し「7月末に少しお会いして以来、課長らと連絡がつかないのですが、私どもに何か瑕疵がございましたでしょうか」とメールを送信。部長は「やりとりに時間がかかってしまって大変恐縮」「率直に申し上げますと、事業実施は大変厳しいと思っています」などと返信した。 教授が「厳しいとお考えであれば、なおのこと協議すべきかと思いますが」と応答すると、部長側から「大学事務局の方も交えた打ち合わせの場を設けるよう日程調整しております」と返信があった。
しかしそれから3週間、都側から連絡がなく、教授が11月14日に催促すると、すでに法政大職員と協議の調整中だと連絡があった。大学側に確認して11月25日に三者で面談することになったものの、都側の要請で直前にキャンセルとなった。
以後、音沙汰がないまま、翌2025年1月、事業中止が決定した。教授の研究チーム側が直前に提出した報告書には「面会がかなわず、事業主体である東京都の状況が不明」とあった。
▽食い違う主張、税金はどうなったのか
法政大は事業中止について「研究資金の不正使用があった可能性がある」として自ら申し出たと説明するが、詳細については「調査中」として明らかにしていない。 事業中止は都議会でも話題となった。都側は2025年2月28日の都議会でスタートアップ室の吉村恵一室長(当時)が経緯をこう説明した。 「昨年11月、大学側から研究費の不正使用の疑いがあり、調査中と報告があった。12月に事業中止の申し出があった」
最も気になるのは、都民の税金が無駄になったかどうかという点だ。関係者によると、2024年度分の経費見込みは3千万円で、すでに2千万円程度を支出していたという。3月14日、都議会予算委での森愛議員の質問に対し、吉村室長は次のように答弁した。 「当初、都と大学の協定では、四半期ごとに、大学側からの請求により概算払いをする旨を定めておりました。しかし四半期ごとに経費精算する事務の煩瑣を避けたいとの意見が大学側から示されたため、都と大学との経理のやりとりは年度末にまとめて行うのが効率的との結論に至り、年度末の一括払いへと協定を変更しております。そのため都から大学への経費の支出は行われていません」
教授側の開示請求に対する東京都の不開示決定通知書
だが教授の代理人弁護士によると、法政大が協定の変更を要請した文書やメールについて、都に開示請求したところ「不存在」という回答が来た。 また、法政大によると、大学が立て替えていた費用は学内で経費として処理するとしている。つまり、年度途中の支出分については結局、法政大が肩代わりし、都には今後も請求しないことになる。
だが、これだけの金額を後払いすることはありうるのだろうか。ある元大学職員はこう疑問を呈する。 「都からプロジェクトに対する資金3千万円が後払いとなると、法政側が立て替えて仮払いで払う分、大学の資産運用に回せるかもしれない資金です。着金を遅らせることを大学が希望することは、通常あり得ないと思われます」
また、そもそも都から支出されなかった予算について、女性教授側の経費の不正使用が成立しうるのかどうか、素朴な疑問が残る。大学が年度末に経費を計算する際、教授側に経費として認められない支出があれば、都側に請求しなければよいだけだと考えられるからだ。
▽教授は徹底抗戦
東京都庁舎=東京都新宿区
渦中の教授は徹底抗戦の構えを見せる。2月には弁護士を通じてマスコミに次の文書を発表し、真相解明を求めた。 「研究費の不正利用の事実はないと考えておりますので、今後、法政大に対して、その旨を主張していく予定です。また、都が(2024年)夏以降協議に応じず、事前の申し出なく都と法政大が合意を撤回したことは、研究の自由を阻害するものとして、極めて遺憾です。今後、このような一方的な意思決定がなされた経緯が明らかにされることを求めてまいります」
2025年4月、スタートアップ・国際金融都市戦略室は「スタートアップ戦略推進本部」へと改編された。都は「イノベーション創出を一層加速します」とうたうが、トラブルの火種はくすぶったままだ。
× × × 武田惇志 2015年入社。大阪社会部を経て特別報道室。著書に『ある行旅死亡人の物語』(伊藤亜衣との共著、毎日新聞出版)。同書で第13回広島本大賞(ノンフィクション部門)受賞。 × × × 読者からの情報提供などを募集しております。こちらにお寄せください。 [email protected]