警察官が“脱走を見逃すほど”「夢中になっていたもの」は…「大阪・富田林警察署被疑者48日間逃走事件」警察が『わいせつ犯の脱走』を許してしまった情けない理由

脱走した男は女性をナイフで脅して暴行したわいせつ犯…。2018年に勾留中だった当時30歳の男性被疑者の脱走を許してしまった大阪府警の富田林署。犯人はどんな手口で脱走をはかったのか? 警察がそれを見逃した理由とは? 実際に起きた事件や事故などを題材とした映画の元ネタを解説する新刊『 映画になった恐怖の実話Ⅳ 』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/ つづき を読む)
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2024年公開の「正体」は一家3人を殺害したとして死刑判決を下された男がある目的のために拘置所を脱獄、名を変え職を変え日本全国で1年以上潜伏生活を続けるサスペンスドラマだ。映画の原作となった同名小説を2020年に発表した小説家・染井為人が本作執筆にあたりインスパイアされた事件がある。2018年に大阪府警の富田林署に勾留中だった当時30歳の被疑者男性が建物から脱走、日本一周旅行中のサイクリストを装い50日間近く逃げ続けた仰天事件。それを許したのは、ありえない警察の怠慢だった。
警察が「犯人の脱走」を許してしまった理由
後に世間を騒がすことになる樋田淳也は1987年、大阪府松原市で生まれた。少年期から素行不良で警察沙汰を起こすのは日常茶飯事。中学卒業後、工業高校に進学したものの車を盗み退学処分、少年院に送られる。その後も家電品の窃盗を中心に悪事を重ね、2015年ごろに逮捕され大阪刑務所へ。3年の刑期を終え出所した2018年5月には大阪市内のマンションに住む25歳女性の部屋に押し入り、ナイフで脅しながら暴行した。脱走事件はその一件で逮捕・留置されていた富田林警察署で起きる。
横浜流星演じる劇中の主人公は収監されている独房で自分の喉を刃物で切り自殺を偽装。病院に救急搬送される車の中で警察職員を制圧し脱獄に成功する。対して、樋田容疑者(以下、樋田)の脱走には用意周到な準備と多くの偶然が作用した。
2018年8月12日19時半ごろ、樋田は富田林署2階の一室でアクリル板越しに弁護士と面会していた。被疑者と弁護士の間には話の内容が聞かれない「秘密交通権」が認められており、警察官は立ち会わず外で待機することになっている。それから2時間が経過した21時半ごろ、面会があまりに長すぎることを不審に思った署員が中を確認したところ、弁護士はもちろん樋田容疑者の姿もない。
アクリル板の下に30センチほどの隙間ができており、面会室隣の控室からは署員のスニーカーが消え、署の駐車場に樋田の履いていたサンダルが残されていた。樋田が逃走したのは明らかだった。
いったい、どんな手口で脱走を図ったのか。面会室には被疑者用、面会人用の2つの入口がある。鍵をかけるのは前者のみで、後者はドアが開閉するとブザーが鳴る仕組みになっていた。が、留置中の被疑者からうるさいと苦情が出ていたことを受け、富田林署では約1年前から意図的にブザーの電池を抜いていた。それでも、面会が終了すれば、部屋の前で待機しているはずの職員が気づくはずである。
しかし、この日は日曜の夜とあって面会室の外に誰もいなかった。どころか、当日に留置場管理を担当していた署員は、持ち込みが禁止されている私用のスマホでプロ野球中継の結果やアダルト動画の視聴に夢中になっていたというから呆れる。
さらに、弁護士は面会を終えて誰にも告げずに署を後にしている。「面会終了は自分から警察官に伝える」という樋田の言葉を鵜呑みにしたからだ。
この言葉から推察できるように、樋田は留置当初から弁護士との面会の際に脱走することを企てていた。まずは警察官の当直シフトを確認し、日曜の夜が監視の緩いことを把握。次に留置所の風呂で換気扇カバーの一部を入手し、さらに貸し出された服からファスナーを取り外し工具を作成した。自家製の工具でトイレの間仕切り板が切れるかどうかを確認したうえで、日曜の夜に面会を設定し、弁護士が帰った後、アクリル板と床の接地面を削除。そこを蹴ってアクリル板を外し弁護士側入口から逃走する。お粗末なことに富田林署のアクリル板は30年以上まともに点検されておらず、接着面が極めて弱くなっていた。
〈 減給だけじゃない…わいせつ犯に「48日間の脱走劇」を許してしまった警察のその後 〉へ続く
(鉄人ノンフィクション編集部/Webオリジナル(外部転載))