就寝中の交際相手をチェーンソーで切りつけたとして殺人未遂の罪に問われた23歳の女に対し、東京地裁で開かれた裁判員裁判で今月、有罪判決が言い渡された。突然の別れ話に逆上した女はインターネットで充電式の小型チェーンソーを購入。試し切りを行うなど、入念に準備し犯行に及んでいた。公判では、別れ話のショックで生まれた「別人格」による行為だったなどとして無罪を主張。女の心に、何が起きていたのか-。
結婚巡り「すれ違い」
「申し訳なく思うが、よく分からない」
黒いスーツに身を包んだ被告の女は、5月20日の初公判で裁判長から起訴内容について問われると、か細い声でこう答えた。
判決などによると、当時西日本に住んでいた被告は令和4年、オンラインゲームを通じてある男性と知り合った。5年2月、男性から告白され、交際がスタート。被告は3月に上京し、都内の男性方で同居するようになった。
被告人質問で、男性の実家を訪問したことにより「結婚を意識した」と語った被告。「(結婚後にもうける)子供の人数や、(子供の)習い事についても話した」と振り返った。
一方、証人として出廷した男性は「金銭的に余裕がなく、結婚は全く考えていなかった」と証言。両者の意識に「すれ違い」が生じていたことが浮かんだ。
SNSにつづった憤怒
破局は突然だった。交際から半年の記念日を祝った翌日の5年8月11日夜、男性が「好きな人ができた。家を出ていってほしい」と切り出したのだ。
被告は泣いて拒んだが、男性の心は変わらず。被告は9月に家を出て行くことを了承。その間は同居を続けることになった。
ただ、別れたいはずの男性は、その後に被告と肉体関係をもつなどしていた。「都合良く扱われた」と感じた被告は、徐々に怒りを募らせるようになった。
検察側が冒頭陳述などで明らかにした被告のSNS(交流サイト)からは、怒りが急速に殺意へと変わっていく様子が見て取れる。
同13日、X(旧ツイッター)に《私は家も恋人も仕事も全部なくなんのに、(被害男性)は何もなくならんの気に入らん。殺す?》と投稿。同16日にはLINE(ライン)のメモに《私捨てて自分が幸せになれると思ってるのお気楽すぎる》と書き残していた。
ネット通販で小型チェーンソーを購入したのもこのころだ。事件前日の同18日には、男性宅の植物の枝や冷凍の肉を「試し切り」。犯行の直前には通報を防ぐため男性のスマートフォンを隠して機会をうかがい、寝ている男性の首に、回転する刃を押し当てた。
首に熱さを感じた男性はすぐに目を覚ました。「何やってるの!?」。男性に問われた被告は「私はこの先、生きてていいことないから」と、泣きながら答えたという。
男性の命に別条はなかったものの、首などに全治2週間のけがをした。
退けられた「別人格」主張
逮捕・起訴された被告だったが、心神喪失による無罪を主張した。弁護側が根拠としたのが、別れ話を切り出されたことで強いストレスを受けた被告に出現したという「別人格」の存在だった。
弁護側によると、犯行から約1カ月後の9月下旬、被告は留置施設内で急に倒れた。その後、意識を取り戻したが「(被告は)それ以前のことは覚えていない」。犯行時を含め、別人格が被告を支配していたなどと訴えた。被告人質問で犯行当時のことを問われた被告自身も「よく分かりません」と繰り返した。
ただ、下されたのは懲役3年、保護観察付き執行猶予5年の有罪判決だった。
地裁は、証人として法廷に立った被害男性や、被告の母親の証言を重視。別れを切り出された後の様子や、頻繁に電話やメッセージでやりとりをしていた母親も特段の変化に気付かなかったことから、被告の心情の移り変わりは「自然なものだ」と指摘した。
また、チェーンソーという猟奇的にも思える凶器を選んだ理由についても、被告自身が「力が弱いため、首を絞めたりナイフを使ったりするよりも機械の方が適している」と供述していることに触れ、「被告なりの合理的な選択ができており、犯行は普段の人格状態で行われた」と結論づけた。
裁判長は、犯行について「一歩間違えば重大な結果を生じかねない極めて危険なもの」としつつ、被害男性との間で示談が成立し、被害届が取り下げられていることも踏まえ、「社会内で更生する機会を与えることが相当」と述べた。
「被害者にけがをさせ、怖い思いをさせた。被害者以外にも迷惑をかけた」。最終意見陳述で反省の弁を述べた被告。今後は家族の支えを受けて、更生への道を歩むことになる。(宮崎秀太)