※本稿は、須田慎一郎氏のYouTubeチャンネル「撮って出しニュース」を再編集したものです。
5月30日の衆議院本会議において、年金改革関連法案が自民・公明・立憲民主の賛成を得て、賛成多数で可決された。これにより、同法案は衆議院を通過することになった。
この年金改革関連法案は、賛否が大きくわかれる内容であることは間違いない。基礎年金は、40年間にわたって保険料を収めても受け取れるのは、月々約6万6000円。老後の生活資金としては、とても充分な額とは言えないだろう。しかも今後、「マクロ経済スライド(給付額を物価や賃金の上昇率よりも低く抑え、年金財政の負担を軽減する仕組み)」によって、受け取り額は減っていく。そのため、基礎年金部分を底上げする必要があるのだ。
もともと自民・公明の与党案としては、厚生年金の積立金の一部を基礎年金部分に充当し、基礎年金の底上げを図ることが柱とされていた。
しかし、この改革を実行すると、将来的には厚生年金の一部の受給者が、受給額が減額されてしまう可能性がある。これは直ちに起こるものではないが、将来的には確実に生じると見られる。
この点については、「流用」および「付け替え」にあたるとの批判が避けられなかった。7月に参議院選挙を控えていることから、厚生年金の積立部分を基礎年金に充当するという部分を法案から削除し、世論の批判や反発を避ける形で、形だけの年金改革関連法案を成立させようとした経緯がある。
しかしながら、立憲民主党はこの自公案に対し「あんのないアンパン」と批判し、内容の不十分さを問題視した。同党は自民・公明が取り除いた積立金を基礎年金に充当するプランを再度盛り込むよう要求した。すなわち「あんを入れ直せば賛成する」と持ち掛けたのである。
この立憲民主の要求は自公にとっては渡りに船だ。
同党の要求を受け入れれば法案が可決・成立する。結果として、自公はこの提案を受け入れ、再び「あんを詰め直した」形で法案を修正し、衆議院本会議において可決に至ったという経緯がある。
では、この一連の動きにおける狙いとは何であったのか。これこそが本日の論点である。
実は施策を進めていく過程で、衆議院本会議が開かれる前に、衆議院の厚生労働委員会が開催された。この委員会において、立憲民主党の「ミスター年金」こと長妻昭衆議院議員が石破茂首相に対して、「超党派による年金改革協議の場を設置すべきである」との働きかけを行った。
この提案に対して、石破茂首相はあくまでも慎重な姿勢を崩さず、「それは国会で決めるべき事柄である」と述べ、明確に受け入れる姿勢を見せなかった。しかしこれもやむを得ない反応だった。なぜなら答弁に立った石破首相は、あくまでも行政府のトップ。その石破首相が、国会まわりのことに口を挟むのは越権行為だからだ。しかし、「国会の場で議論してほしい」という立場をとることで、事実上それに同意する格好となったのである。
このやり取りは、次のステップへ向けての一つの仕掛けとも言える。なぜなら、現在の年金改革関連法案――衆議院を通過したもの――は極めて不十分な内容であり、将来の年金受給額が減る人々への対応や国庫負担分の手当がまったく決められていなかったからだ。
また、基礎年金部分への充当についても問題がある。基礎年金部分は国と民間で折半して拠出される仕組みであり、積立金の出所は民間であるが、その同額を国が負担する。そのため、将来的には最大で年間2兆円という国庫負担が生じると見込まれている。これは遠い将来の話ではあるが、間違いなく発生する支出である。
今後の展開を考えていく上で、かつて2012年、民主党政権時代に政権与党である民主党に加えて野党である自民・公明の三党によって「税と社会保障の一体改革」が合意された経緯を思い出す必要がある。この「一体改革」の本質とは何かという点が、ここで改めて問われているのである。
年金保険、健康保険、そして介護保険(のちに少子化対策も加わる)といった社会保障制度について、民間負担で足りない部分を消費税で賄うという基本方針が、「税と社会保障の一体改革」において明確に盛り込まれた。
この社会保障制度の拡充および安定のための財源として、消費税を充てることが三党合意の中で決定された。そして、これを受けて消費税は5%から10%へと段階的に引き上げられる流れとなった。この決定により、「社会保障制度の維持には消費税が財源となる」という枠組みが確立されたのである。
こうした背景のもとで、将来的に国庫負担が段階的に増加することは避けられない。一気に2兆円の支出が生じるわけではないが、確実に、そして着実に国庫負担は増していく。しかし、「この財源をどのように確保するのか」という重大な課題が先送りされたままとなっており、今後間違いなく重い政策課題が突きつけられることとなる。
長妻昭議員が求めた「年金改革協議の場を設けよ」という提案には、こうした意味が込められている。すなわち、増大する国庫負担に対してどのように財源を確保するのか、それが消費税によって賄われるという前提を踏まえ、自民・公明と立憲民主党が協議体を形成し、制度的にスムーズな運用を進めていこうとする狙いがあるのである。
このような重要な背景については、新聞やテレビといった報道機関が、もっと深く踏み込んで報じるべきだ。将来的に振り返ってみたとき、「自民・公明と立憲民主党が消費税増税に向けた第一歩を踏み出した」と位置付けられる出来事こそが、この協議の場の設置である。
過去の経緯を冷静に見れば、それは明白だ。
さらに踏み込んで言えば、立憲民主党内で、消費税減税を選挙公約に盛り込もうという気運が高まっていた時のこと。長妻昭議員はまだ党の最終的な方針が定まっていない段階で、かつて自らが会長を務めていた東京都連合会(立憲民主党の地方組織)の所属議員を一人ずつ呼び出し、「消費税減税に賛成するな」と釘を刺して回ったのである。
これは筆者の確認している限りでも、東京都連に所属する複数の国会議員に対して行われており、恐らくそれ以外の議員にも同様の働きかけがなされたと推察される。つまり、長妻議員は年金改革関連法案を巡る動きを見据えたうえで、明確な意志をもって消費税減税に反対していたと見ていい。
長妻氏は「ミスター年金」として知られる人物であり、年金制度を安定的に維持していくためには、国庫による財源支出が不可避であるという立場をとっているのだろう。過去の経緯から見れば、それを支える財源として「消費税増税以外に現実的な選択肢は存在しない」と判断しているわけである。
そのため、参議院選挙対策として減税を選挙公約に掲げることは誤った判断だという立場をとったのだ。そして、そうした考えに同調するかのように、野田佳彦代表は最終的に「一年度限りの消費税減税」という形で事態を収束させる判断を下したのである。
このようにして協議の場が設けられ、時間をかけて議論が進む中で、立憲民主党が消費税減税を主張する余地はなくなった。
このような国会でのやり取り――表面上は一見、三文芝居や田舎芝居のように見える場面もあったかもしれないが――その実、重要な政治的意図が込められている。
参議院選挙後、年金改革をめぐる協議体が正式に設置される可能性は極めて高い。もちろん、他の野党にも参加を呼びかけることにはなるだろうが、最終的には、自民、公明、立憲民主の三党が主導する形で、消費税増税の方針が具体化していくものと予想される。
そうした意味で、「年金増税大連立」とも言うべき動きが始まりつつあるといえる。立憲民主党がすぐさま連立政権に加わるかどうかは現時点ではまったく不明であるが、少なくとも年金改革に関しては、閣外協力という形で自民・公明と歩調を合わせる可能性は否定できない。
いずれにせよ、自民・公明・立憲民主の三党が消費税増税に向けて動き出していることは確かだ。これは参議院選挙前の現在進行中の極めて重要な政治的動向である。国民一人ひとりがこの状況を正しく理解し、次の参議院選挙における投票行動の参考とすることが求められている。
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(ジャーナリスト 須田 慎一郎)