※本稿は、辻元清美・小塚かおる『日本政治の大問題 陰謀論、裏金・献金、暴走SNSの本質を問う』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
2024年は、7月の東京都知事選挙、10月の衆議院選挙、そして11月の兵庫県知事選挙と、日本の選挙においてSNSの影響力がかつてないほどに可視化された「元年」だったと言える。いわゆる三つの現象がその象徴だ。
いったい、選挙の現場で何が起きているのか。有権者の意識にどんな変化があったのか。そこで、SNSに詳しい作家・古谷経衡(つねひら)に、教えを乞うことにした。
古谷は1982年生まれ。いわゆる「保守界隈」で言論活動をスタートするが、「ネット右翼(ネトウヨ)」と呼ばれる人たちの狭隘で偏向した思考に接し、彼らから距離を置き客観的な論陣を張るようになったという異色の経歴を持つ。
【小塚かおる(以下、小塚)】私と辻元さんの2人だとSNSの現状について戸惑うことばかりなので、「古谷先生、教えてください」ということで、今日は「勉強会」をお願いしました。
石丸現象、玉木現象、斎藤現象とありましたが、SNSと政治や選挙との関係性で、一気にガラガラっと地殻変動みたいなものが起きている感じがしています。それが具体的に何なのか測りかねていて。古谷さんの現状認識を聞かせてください。
【古谷経衡(以下、古谷)】私自身、ミクシィの時代からSNSをやっていますから、SNSを割と使いこなしている方だとは思います。私は今回の現象をもって、突然、SNSを使った選挙が候補者の得票に影響したとは全く思っておりません。
【小塚】えっ、そうなんですか。
【古谷】元々、こういったSNSを使った選挙対策は、特に辻元さんのいらっしゃる参議院では、自民党がJ-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)を組織して早くからやっていましたから。有権者の住所が各地に点在しているので、衆議院の比例ブロックより参議院の全国比例でSNSが極めて有効なんです。
【辻元清美(以下、辻元)】確かに。全国一斉に拡散できますからね。
【古谷】始まったのは麻生太郎政権(2008年~09年)の時代で、当時はたいしたことはありませんでしたが、やっぱりここ10年ぐらいはSNSを使って何かできないかと、各党がネット戦略、SNS戦略に積極的に動いているので、決して珍しくもない。
もちろん立憲民主党もやってらっしゃいますけれども、どこかの党にプラスになったり、マイナスになったりということが少し見えづらかっただけでありまして。だから、「SNSで投票行動を決めます」みたいな話は、実はここ10年ぐらいの間、ずっとあったわけです。ただ、それが可視化されたのは、確かにおっしゃる通り、2024年かなぁ、という気がします。
【小塚】10年の間にじわじわと広がり、2024年に弾けたような感じ?
【古谷】スマートフォンの普及率は今、92パーセントぐらいです。13~14年前は2割から3割なんですよね。この短い間で、スマホのユーザーが大体60パーセントぐらい増えた。そのほとんどが中高年なんですよね。
私はスマホを2009年ぐらいに買いました。09年だと普及率が10パーセント台なんですが、感度の高い若い世代はもうその頃からスマホを持っています。ここ10年で増えたのは、ガラケーで最後まで頑張っていた人たちがスマホに買い替えたというケース。だから今、おじいちゃんでもスマホを持っているでしょう。
【小塚】まもなく80歳のうちの母もガラケーからスマホに替えたのが4年前ですね。
【古谷】もちろん、普通のパソコンでSNSをやっている人もいますけれど、スマホって、寝っ転びながら使える身体特性があるじゃないですか。中高年にもマッチするスマホという機器がまず普及して、旧ツイッター(現・X)とフェイスブックを使うようになった。
面白いことに、Xがほぼ全てですね。フェイスブックやティックトック、インスタグラムはあまり政治性を帯びてないんです。特にインスタグラムは写真付きで投稿しないといけないので、どうしてもご飯の写真とか、猫や犬の写真になる。
【辻元】ほとんどXなんだ。
【古谷】他は主戦場じゃないんですよ。そういうのに感化されやすいのはミドルからその上ぐらいの世代です。特にXとXに埋め込まれた動画ですよね。あとはユーチューブ。ログインが必要ないので、すごく親しみやすいんです。
ユーチューブってSNSなの? って思われる方もいるかもしれませんが、総務省の統計ではSNSに入っている。たぶんコメントができるからなんでしょう。私の本(『シニア右翼 日本の中高年はなぜ右傾化するのか』=中公新書ラクレ)に書いているんですけど、中高年のSNS利用は圧倒的にユーチューブとXですね。利用者の母数が増えて、いよいよ可視化されてきたという面があると思います。
【小塚】そうすると、中高年がSNSを始めたことでボリュームが急激に増えて、それが可視化された。つまり影響力が大きくなったっていうことですか。
【古谷】小塚さんがおっしゃったように、2024年は東京都知事選挙の石丸伸二さんの躍進があり、玉木雄一郎さんの国民民主党が注目された衆議院選挙があり、そして兵庫県の斎藤元彦知事の再選がありました。ただ私は、この三つの選挙で起きた現象は、それぞれ少しずつ違うと思っているんです。
【辻元】そうなんだ。どう違うの。
【古谷】まず、都知事選挙での石丸さんの大番狂わせというか、2位につけた躍進については、報道されている通りで、これを支えたのは比較的若い世代、20代から40代ぐらいだと思います。
ただ、少子化が進んでいますので、メインの支持層は私と同じアラフォーぐらいでしょう。石丸さんは私と同い年です。20代ですと、演説には集まっても投票に行かない人もいるので、実際は30代、40代が中心。それでも、これまで想定されてきたような投票の主力層よりちょっと若めですよね。
【小塚】選挙結果を左右するのは50代以上の投票行動と思われてきましたからね。
【古谷】石丸さんの場合は、もちろんSNS、中でもティックトックの効果があったんですけれども、石丸さんの本を読んでいると、コスパやタイパといった、合理的な思考を推奨している。損だったらやらない、得だったらやるんだって。これを政治に当てはめることで、政治でも合理的な取り組みができるんだという考え方です。いわゆる「切り捨て」というか、そういうことを「良し」とする。ひろゆきさんや堀江貴文さんなどが好きな層と重なっています。その層って、若い子ではないんですよね。だいたい私の世代つまり就職氷河期世代なんですよ。Z世代ではありません。
【小塚】政治にコスパって、どうかと思いますが……。
【古谷】合理的に相手を論破する。そうしたものを見て、快感を覚える。政治的リテラシーは右でも左でもないような人たちです。ちょっと小馬鹿にするような「冷笑系」というやつですね。ただ、石丸さんもそうなんですが、そういう人たちは知識や教養がない人だと私は思っています。石丸さんは、自身を「漫画賢者」と名乗っていますが、はっきり言って私の方が100倍オタク。
【古谷】ただ、なんて言いましょうか、具体的な政策はなく、すごくキラキラしたこと、例えば「日本の危機です」「人生を変えたい」。そんな自己啓発本みたいなものを石丸さんは書いているんですけれども、具体的な知識はなくても、漠然としたキラキラに惹かれる人たちが一定数いると思っています。ですから、都知事選の石丸現象は、SNSが関係してはいるものの、承認欲求や注目を浴びたい人がいて、それを私は「意識高い系」って呼んでいるんですが、そういう層にリーチして都知事選で2位になったんじゃないかと見ています。
【小塚】意識高い系、ね。
【古谷】私もそうですけど、石丸さんは地方出身で東京に憧れがあって、ちょっとお勉強もできて、そこそこいいところに行くんだけれど、まだ何か足りない。何かというのは、承認されたい、認められたいという欲求。それが金銭欲に行く人もいれば、モテたいみたいな人もいる。
石丸さんの場合は、自己顕示欲なんでしょうけど、そういうものに共感する人とSNSは相性がいい。だって、具体的じゃないんですから。SNSの文字数では具体的なことは書けないんです。そこからユーチューブへ飛んだって、彼のティックトックなんかは5分とか10分。すごく短いセンテンスで、なんとなく合理的でコスパのいいようなことを言っている。でも、実際ずっと聞いていると中身が何もない。SNSとか、Xの140文字と相性が良かったんでしょうというのが、私の石丸支持層の見立てなんです。
【辻元】コスパ。タイパ。承認欲求。どれも今風だよね。
【古谷】こうした石丸現象と玉木現象を同じように扱う人がいますが、私は疑問に思っています。玉木さんの主張の正確性はともかく、いわゆる「年収103万円の壁の引き上げ」とか「若年層の手取りを増やす」については、私もアルバイトをしていた時に同じような疑問を感じていたので、悪い話ではないと思うんですね。斎藤知事の再選と石丸現象は確かに似ているんです。でも、玉木さんの国民民主党が躍進したのは、ある程度、政策的な吟味をした結果であり、自民党より玉木さんの方がマシでしょう、みたいなことで投票した人がいる。要するに、玉木さんたちは具体的な数字を出しているわけですよね。だから、具体的なものがない石丸さんとも違うし、斎藤知事とも違う。SNS戦略は上手かったとは思いますが。
【小塚】玉木現象は政策的な訴えがSNSを通じて有権者に響いた?
【古谷】これまでなんとなく自民党に投票していた、ある程度、政治的リテラシーがある人が一部、国民民主党に行った。そう考えると、石丸現象と一緒にするのは気の毒な気がします。普通の有権者に政策が刺さった。プラス、SNS効果の部分もあった。国民民主党への投票は若い世代が多いと言われますが、絶対的なボリュームでは40代、50代、60代だと思います。自民党を支持していたが、今回は国民民主党。そういうことだったと思います。
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(参議院議員、立憲民主党代表代行 辻元 清美、日刊現代第一編集局長 小塚 かおる、文筆家 古谷 経衡)