西日本豪雨で水没した愛息の形見「Z」、ボランティア学生の縁で復活…「エンジン音を息子も喜んでいるはず」

2018年7月の西日本豪雨で水没した亡き息子の愛車が7年ぶりに復活――。岡山県倉敷市真備町に暮らす山本晃さん(82)、富美枝さん(81)夫婦の長男晃司さん(1997年に23歳で死去)が残した愛車「日産フェアレディZ」が、復興ボランティアで訪れた学生たちとの縁で修理され、泥だらけだった赤いボディーが輝きを取り戻した。夫婦は「若者たちの熱い思いに胸がいっぱい」と喜んでいる。(中村申平)
1974年に生まれた晃司さんは、子どもの頃から明るい性格で、いつも友達に囲まれているような人気者。車やバイクが趣味の父親に影響されてか、関連雑誌を愛読して育った。
大学1年で帰らぬ人に

香川県三豊市の詫間電波工業高等専門学校(現・香川高等専門学校)から徳島文理大へ進学、アルバイトでためた資金で二十歳になるのを前に中古のZを購入すると、授業が休みの日には、しばしば真備町の自宅へ戻り、友人らと車いじりに明け暮れていたという。
大学1年だった97年秋、晃司さんはアルバイト先から帰宅途中に交通事故に遭い、23歳の若さでこの世を去った。自宅ガレージに残されたZは、形見としてその後も晃さんの手で月2回、水洗いやワックスがけがされ、運転席に息子の写真を置くなどして保管していた。
しかし、2018年7月6日に西日本豪雨が発生し、水害が町を襲った。自宅1階が浸水し、2人は晃司さんの位牌(いはい)を抱えて2階に上がり、ベランダで国旗を振って助けを待った。幸いにも自衛隊が気づいてボートで救助された。
その2日後、自宅へ戻ると、Zは泥水で見るも無残な状態だった。「息子のためにも、元の姿に戻してやりたい」。そう思うものの、自宅がかなりの被害を受けていて、家の修理を優先するほかなかった。
自動車整備士目指す学生と出会い変化が

半ば諦めかけていた復活への思いに変化が訪れたのは翌19年春だった。きっかけは、復興ボランティアで自宅の片付けを手伝いにきてくれた学生たち。専門学校で自動車整備士を目指しているという学生たちは、往年の名車に興味津々だった。学生たちが、晃司さんの姿と重なった。
「車好きな学生たちの教材にしてもらえたら、息子も喜ぶんじゃないか」
夫婦は学生たちの関係者を通じて同年、自動車整備士を養成する日産京都自動車大学校(京都府久御山町)にZを引き取ってもらうことにした。
すると、同校の有志学生らで修理する「Z復活プロジェクト」が21年にスタート。古い車で腐食も多く、部品の調達などで困難を極めたというが、約4年をかけて修理が完成した。携わった学生は60人を超えるという。復活した車は6月1日、学生たちの手によって夫婦の元へ届けられた。
学生たちは、エンジンのかけ方や扉の開け方などZの扱い方について記したイラスト入りの手書きの取扱説明書も作成。「貴重な経験をさせてもらい、ありがとうございました」などと書かれた寄せ書きも夫婦に渡した。晃さんは「心遣いがうれしい。立派なエンジニアや整備士に成長してほしい」と話す。
夫婦は今春、ガレージに車好きが集えるようにと、交流スペースを新たに設けた。富美枝さんは「エンジン音を聞いて晃司も喜んでいるはず。彼は亡くなった後も色んな縁や出会いを私たちにくれるんです」と話していた。