東京都議選(6月22日投票)で自民党が大敗を喫し、参院選(7月3日公示―20日投票)に向け、石破茂政権に暗雲が漂っている。
今回の参院選は、改選定数124議席と非改選の東京選挙区の欠員を補う合併選挙の1議席を合わせた125議席を争う。石破首相(自民党総裁)は、6月23日の国会閉幕を受けた記者会見で、参院選の勝敗ラインを問われ、「非改選と合わせて(与党で)過半数を頂戴できるよう全力を尽くしたい」と述べ、自民、公明両党で参院定数248の過半数である125議席に設定していることを改めて表明した。
与党の非改選議席は、自民党の62議席(関口昌一議長を含む)と公明党の13議席の計75議席ある。今回、自公両党で50議席以上獲得すれば、過半数を維持できる計算だ。改選過半数の63議席よりも相当低い目標となる。
石破首相が東京都議選告示の6月13日、国民1人当たり2万円の給付を発表したほか、小泉進次郎農相が主導した備蓄米放出などによるコメ高騰対策やガソリンの値下げなどが世論の一定の評価を得るなどし、内閣支持率がやや下げ止まったため、自民党内には都議選を乗り切って、参院選で与党過半数を維持できれば、石破政権が継続する目もある、との楽観論も出ていた。
だが、参院選の前哨戦と位置付けられる都議選の結果は、衝撃的だった。自民党は告示前の30議席から21議席に落ち込み、過去最低だった2017年の23議席を下回った。公明党は3人が落選して9回連続の全員当選を逃し、19議席にとどまった。これに対し、小池百合子都知事が特別顧問を務める都民ファーストの会は、告示前の26議席から31議席に伸ばし、第1党の座を自民党から奪還した。
参院選は、自公両党で改選50議席の維持が微妙な情勢となっている。その先の政局も、政権の連立拡大か、衆院解散か、自公両党の下野か、予断を許さない。
東京都議会第1党は、2009年に民主党、13年に自民党、17年に都民ファースト、21年に自民党、25年は都民ファーストと、その時々の国政や世論に連動して変遷してきている。
今回の都議選(定数127)は、小池知事与党とされる都民ファースト、自民、公明の3党で71議席を得て過半数を維持した。読売新聞の都議選出口調査(6月22日)では、3期目の小池知事への支持率は61%に上る。
参院選には都民ファーストは候補を擁立しない。この都民ファ票の行方も注目される。
立憲民主党は都議選告示前の12議席から17議席に伸ばし、共産党は19議席から14議席に後退した。議席がなかった国民民主党が9議席、参政党が3議席を得て躍進した。対照的に、日本維新の会、れいわ新選組、石丸伸二前広島県安芸高田市長が率いる再生の道は議席ゼロだった。
読売新聞の出口調査によると、支持政党では自民党が20%と最多だったが、この中で自民党に投票したのは54%にとどまり、都民ファに16%、公明党に投じた人が6%いた。
自民党が大敗した要因は、物価の高騰に賃上げが追いつかない、少子化への歯止めがかからないなど、石破政権への不満の標的になったことがまず挙げられる。
読売新聞出口調査では、争点として重視したテーマとして物価高や賃上げ対策が33%で突出し、医療や福祉が10%、少子化対策、政治とカネがそれぞれ9%だった。
石破首相は、敗戦の責任回避からか、選挙戦の前面に出なかった。最終日の21日に初めて葛飾、墨田両区で街頭演説に立ち、「今困っている人たちにすぐに役に立つ政策が給付金だ」「消費税減税は、実際に下げるのに1年ぐらいかかる」などと給付の方が物価高対策として効果的だと訴えたが、都民の耳には届かなかった。給付は「バラマキ」「選挙目当てだ」などと評判が悪く、テレビ朝日の世論調査(6月21~22日)では「評価しない」が69%に上り、「評価する」は26%だった。
首相に近い筋は「2万円給付は、公明党や参院自民党が『武器がない』というから踏み切ったけれど、東京(都議選)では裏目に出たかも知れない」と述懐した。
自民党にとって誤算だったのは、小泉農相の「コメ劇場」人気が1か月しか持たなかったことだ。都議選で小泉氏が遊説に入った選挙区でも自民党候補を落とし、「進次郎効果がなかった」(首相周辺)と見られている。
農林水産省が23日に発表した、全国のスーパーで9~15日に販売されたコメ5キロの平均価格が前週比256円安の3920円で、首相が責任ラインとしていた3000円台を3か月半ぶりに達成したにもかかわらず、である。
コメの高騰は、農水省が説明した流通の目詰まりなどではなく、長年の減反政策がもたらした、自民党農政の失敗で生じたコメの絶対量不足によるもので、税金を使った備蓄米放出はその目くらましだったと、都民に見透かされたのだろう。
自民党の敗因としては、都議会自民党による政治資金パーティー収支報告書の不記載問題も挙げられる。この逆風に対し、自民党は候補も42人と大幅に絞ったうえ、会派の幹事長経験者6人を公認しなかったが、そのうち4人が落選し、追加公認3人を含めても、21人の当選にとどまった。
都議会自民党の不記載問題を判断材料にしたかどうかについては「した」が40%に達し、その投票先は都民ファに18%、無所属に16%、立民、共産両党にそれぞれ14%だった。
国会論戦や政治報道では、自民党の「政治とカネ」の問題は下火になっていたが、都民の審判は予想以上に厳しかったと言えよう。
自民党は、参院選で政治資金収支報告書に不記載のあった改選組のうち参院政治倫理審査会で弁明した17人中13人を真相究明に至らなかったのに公認し、元衆院議員2人も擁立した。公明党から不記載3人が推薦を受けている。
自民党の木原誠二選挙対策委員長は6月23日未明、党本部で記者団に「今回の都議選の結果が参院選に直結するものではない」と強弁したが、その根拠を示すことはなかった。
公明党も都議選で痛手を負った。目黒区から撤退して22人の候補を擁立したが、新宿区と大田区2議席を失い、4議席減だった。新宿区は党本部と創価学会本部が置かれ、大田区は池田大作創価学会名誉会長(23年11月死去)の出生地で、言わば「おひざ元」だった。
選挙戦は斉藤鉄夫代表ら公明党幹部だけでなく、小池知事も連日のように応援に入ったが、得票結果は計53万票で、21年から10万票も減らし、参院選に不安を残した。
公明党は、過去3回の参院比例選の得票が757万票(16年)、653万票(19年)、618万票(22年)と漸減し、24年の衆院選では比例選の得票が計596万票に落ち込んでいる。
立憲民主党は、都議会の野党第1党の座を共産党から奪ったが、定数3人以下の選挙区で候補者を一本化し、両党がそれぞれ7議席を上積みした。選挙共闘は功を奏した。
共産党は6月28日に参院選で福島、鹿児島両選挙区で候補者を取り下げるなど、公示までに32ある1人区のうち17選挙区で立民党公認・推薦候補との一本化を実現させている。
国民民主党は、玉木雄一郎代表の備蓄米をめぐる「一年経てば動物のエサ」発言が批判され、山尾志桜里元衆院議員の参院比例選擁立見送りによる混乱の影響が懸念されたが、都議選は「大善戦」(榛葉賀津也幹事長)で、参院選にも期待をつないでいる。
参政党は、都議選4選挙区に候補を立て、効率よく大田、世田谷、練馬の3区で初めて議席を獲得した。「日本人ファースト」「外資によるインフラ買収反対」などという主張を掲げ、自民党支持層を切り崩したとも言われている。参政党は、参院選の全選挙区に候補を擁立し、各党の消長に影響を与える存在になっている。
報道機関の参院選序盤情勢調査(7月3~4日)は5日に明らかになった。
「自公過半数微妙」「立民・国民堅調」「参政は議席増」(読売新聞)、「与野党、過半数競る」「自民減の公算、立憲堅調」(共同通信)、などと自公過半数をめぐる攻防で、自公両党が改選50議席を獲得できるかどうか微妙だ、と1面で報じている。
7日の毎日新聞・TBSのインターネット調査(5~6日)は、推定当選者数を自民33~46、公明4~10とし、両党の惨敗を予想している。
自公両党苦戦の理由は、都議選の敗因とほぼ変わっていない。自民党支持層の5割前後が自民党に投票しようとしない。党勢が復調する材料も見当たらない。
日米関税交渉では、トランプ米大統領から7日、日本に対して8月1日から25%の関税を課すと通告され、石破首相の無為無策が明らかになった。対米投資を増やし、自動車への追加関税引き下げを求める戦略で、赤沢亮正経済再生相を毎週のように訪米させたが、「やっている感」を醸しただけだった。
衆院で与党が過半数割れしている状況で、参院選でも大敗するとなると、自公連立政権の枠組みはどう変容するのか。
連立政権のあり方については、6月29日、財界人や学識者らによる「令和臨調」の各党代表らとの政策対話で取り上げられた。
石破首相は「一定の一致を見た上で連立というものは組まれるべきものであって、まず連立ありきということではない」と述べ、自公連立の拡大に含みを残した。
立憲民主党の野田佳彦代表は「ワンポイントで大連立はない。基本は自分たちで単独政権を目指す。そして自分の考え方に近い政党とよく協議する」と述べ、立民党を主軸に国民党などとの連立政権を目指す考えを示した。
日本維新の会の吉村洋文代表は「連立に入るつもりはない。公約の実現を図る、そういったことを是々非々で進めていきたい」と述べ、自公連立への参加を否定して見せた。
国民党の玉木代表は「誰と組むかより、何を成し遂げるかを判断の基準において政治判断をしていきたい」と述べていた。
参院選で自公両党が50議席を割った場合、直ちに石破首相の責任問題になる。首相は辞めるのか、辞めないのか。連立政権の枠組みは変わるのか。政権交代はあるのか。事態打開のための衆院解散はあるのか。参院選後の政局の起点は、首相の進退となる。
首相の心境はどうなのか。選挙戦に入って、周辺に「(元気に見えると言われるが)カラ元気だ。もう疲れたよ、本当に。大平さん(正芳首相=当時)が亡くなったのは70歳だったよね。そのことを思い起こしている。具合が悪くなったのは(1980年衆参同日選の参院選)公示日だった。そのまま入院して帰らぬ人となった」などと、自ら68歳の体力や気力への不安を訴えてきた。
首相が退陣すれば、8月に自民党総裁選が行われる。後継候補には高市早苗前経済安全保障相、小泉農相、林芳正官房長官、小林鷹之元経済安全保障相らの名前が上がるが、火中の栗を拾う人が出てくるのか。
衆参両院で少数与党なら、首相に就任しても、自分が掲げる政策も意のままにならないだけでなく、国会で予算案や政府提出法案を成立させるため、野党各党にひたすら頭を下げ、妥協しないと政権運営ができないからだ。これまで党内に「石破降ろし」が起こらなかった所以でもある。
衆院で自公が過半数割れしているため、新総裁が首相指名選挙で首相に選出される保証もない。立民党が国民党や共産党、れいわ新選組などの野党を束ねて野田代表を首相に押し上げる可能性がゼロに近いとはいえ、まったくないとは言えないからだ。この状況は昨年10月の衆院選で自公が少数与党に転落しながら、石破首相が続投してきたところから変わってはいない。
仮に自民党新総裁が、首相指名選挙で野党が結束できず、首相に就任すれば、直ちに組閣したうえで、政権運営を円滑にするため、衆参両院で連立政権の枠組み拡大を目指すことになる。「夏休みの宿題」(自民党筋)の一環である。
与党公約の現金給付を実現するための25年度補正予算案は、少数与党のままでは、今年秋の臨時国会で成立させられないからだ。
連立拡大交渉の対象は、維新の会や国民党のほか、各党からの離党組の「一本釣り」も視野に入るだろう。連立拡大協議が不調に終われば、新首相が衆院を解散し、自公だけで過半数を目指すか、自公両党が下野するか、二者択一ということになる。
衆院解散は今秋の臨時国会の補正予算案を提出するタイミングが有力だ。
自民党内には下野論も根強くある。「政治とカネの問題などへの有権者の怒りは、自民党が一度下野しないと収まらない」(現職閣僚)、「立憲民主党などが政権を奪取しても長続きしないから、自民党がすぐ政権復帰できる」(首相周辺)という思惑からだ。
しかし、参院で少数与党になっても、石破首相の続投は、あり得る。参院選後の臨時国会では首相指名選挙が予定されていない。衆院で比較第1党の自民党が引き続き政権を担うと決めれば、当面それが可能だからだ。
この少数与党が続くケースでは、維新の会などとの連立協議や一本釣りに期待が高まるが、不調に終われば、自公の下野か、衆院解散かという流れになる。
ただ、自民党には党国会議員、都道府県代表の合計の過半数の要求で臨時総裁選が行われるという「リコール規定」がある。石破首相では政権が持たないとなると、この規定が適用される可能性もないではない。
一方で、参院選で自公両党が50議席を維持した場合、石破首相は続投することになる。
どちらに転んでも、衆院で少数与党のまま政権継続するには限界があるため、秋の臨時国会に向け、衆院解散をめぐって与野党をまたぐ駆け引きが始まるのではないか。
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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)