凍結口座への強制執行、対応割れる金融機関…訴訟リスク懸念し出金の一方で詐欺被害救済のため拒否も

凍結口座から資金を引き出そうとする強制執行を巡り、金融機関の対応が割れている。コンサルティング会社「スタッシュキャッシュ」(東京)が25件の執行を繰り返して3億円超を回収していた一方、出金に応じない銀行もあった。専門家は「不審な強制執行への対応について、国が指針を示す必要がある」と対策を求めている。(岸田藍、福益博子)

「スタッシュ社から9000万円を借り受けた」。2023年11月、東京都内の公証役場で作成された公正証書には、ある法人に対するスタッシュ社からの貸し付けが記載されていた。これを基に、スタッシュ社は大手銀行の岡山支店に開設された法人名義の口座に強制執行をかけ、口座に残っていた約8000万円を引き出した。
スタッシュ社は昨年夏にも、同じ銀行の都内の二つの支店に開設された法人2社の口座に対し、公正証書を根拠に強制執行を実施。さらに計2億円余りを回収した。別の大手銀行の口座にも同様に執行をかけ、2000万円以上を受け取った。
いずれの口座も犯罪に悪用された疑いがあるとして凍結されていたが、スタッシュ社による強制執行を受け、解除された。銀行の担当者は「強制執行は裁判所が命じるもので、銀行が独自に不当かどうか判断するのは難しい。応じなければ執行をかけた当事者から訴えられるリスクもある」と語った。

強制執行で資金を引き出そうとしても、銀行側が凍結解除を拒んだケースもある。
昨年7月、「ベトナム人に貸付金がある」として、スタッシュ社から複数のベトナム人名義の口座に強制執行をかけられた三菱UFJ銀行。スタッシュ社は、判決と同様に差し押さえが可能となる「支払い督促」の書面を裁判所から得ていた。
だが、口座は振り込め詐欺救済法に基づき、凍結されていた。銀行側が保有する口座名義人の情報と整合しない点もあり、同行は「取引停止措置がとられているため、弁済(支払い)しない」と回答した。
昨年11月までの数か月間に、同行に開設された口座にスタッシュ社が試みた強制執行は計17件。同行は出金に応じず、資金がスタッシュ社側に渡ることはなかった。同法で凍結された口座の資金は詐欺などの被害者に分配する仕組みとなっており、被害回復に充てられるとみられる。
同行の担当者は「強制執行には応じるのが通常の対応だ」としつつ、「口座凍結の経緯や被害者救済の必要性のほか、銀行に求められる社会的責任を考慮し、例外的に対応を変える場合もある」と話す。

口座の凍結は本来、犯罪被害金の外部流出を防ぎ、被害回復に充てるために行われる。
同法を所管する金融庁は、凍結口座への不当な強制執行が相次ぐ問題を「報道で初めて知った」とし、実態を調べる意向を示している。金融機関の対応について、同庁監督局の担当者は「不当な執行があることを念頭に顧客の口座を適切に管理する必要がある。情報収集に努め、不審点があれば執行に応じない判断をすることも大切だ」と話す。
金融機関による犯罪対策に詳しい久保田隆・早稲田大教授(国際金融法)は、「引き出しに応じなかった銀行の対応は評価すべきだが、すべての金融機関に同じ対応を求めるのは酷で、金融庁による統一的な指針が求められる」と指摘している。
◆振り込め詐欺救済法=犯罪に悪用された金融機関の口座の資金が犯罪グループに渡るのを防ぐため議員立法で成立し、2008年に施行された。捜査機関などからの情報で口座を凍結し、資金を詐欺被害者らに分配する。24年度は約49億円が被害回復に充てられた。
「公正証書 内容正しい」…コンサル担当者

スタッシュ社が凍結口座に行った強制執行について、同社の担当者が6月、読売新聞の取材に応じた。主なやりとりは次の通り。
――なぜ凍結口座ばかりに強制執行をかけるのか。
「凍結口座だとは知らなかった」
――短期間に多数の強制執行をかけた理由は。
「債権を回収しただけだ。公正証書の分は各法人に貸し付けた債権、支払い督促の分はベトナム人に対する債権を譲り受けたものだ」
――公正証書に書かれた貸し借りは事実か。
「公正証書の内容はすべて正しい。事業資金として各法人に貸したもので一部は契約書もある。公正証書は、公証人が債務者(借り手)に間違いないかを確認しており、本物だ」
――支払い督促の書面にある債権もすべて事実か。
「品川のスタッシュ社による4件は『ダミー債権』だが、残りはすべて事実だ」