代理投票で案分、ペン持ち込み拒否 投票所で障害者が直面した無理解

各候補が舌戦を繰り広げ、有権者の判断が注目される20日投開票の参院選。障害のある有権者も円滑に投票できるようにする取り組みは各市区町村の選挙管理委員会によって差があり、障害者からは改善を求める声が上がる。
2024年10月の衆院選で、脳性まひにより車いすで生活している東北地方在住の20代男性は期日前投票所を訪れた。
男性は字が書けるものの投票所の記載台は高さがあるうえ狭くて思うように書けない。そのため18歳で選挙権を得て以来、投票所の係員に代筆してもらう代理投票を利用してきた。
投票所で男性は比例代表の投票用紙に正式名称で政党名を記載するよう係員に頼んだ。だが、係員から「略称でもいいか」と言われ、うなずいた。
「民主党」。係員にそう書いた投票用紙を見せられ投票した。
この1票が案分されると、男性は後にネットで記事を読んで知った。「民主党」は立憲民主党と国民民主党の略称で、有効票の割合に応じて1票が割り振られる案分票となってしまう。
男性は「自分の票が1票ではなくなると知ってがくぜんとした。投票を託す係員への研修を障害当事者を交えて必ずやるようにしてほしい」と訴える。
東京都内で暮らす肢体不自由者の市橋博さん(75)も24年10月の衆院選の期日前投票で苦い経験をした。
市橋さんは手に力が入りすぎて字を書くときに鉛筆だとよく折ってしまうことから、油性ボールペンを使うようにしている。
これまでの選挙でも備え付けの鉛筆ではなく持参したボールペンを使っており、この日も記載台でボールペンを取り出して記入しようとした。
すると、係員から「鉛筆じゃないとダメです」とたしなめられた。
「いや、何で書いてもいいはずです」と市橋さんが主張して押し問答の末、「選管に問い合わせてください」と伝えた。
10分ほど待っていると、戻ってきた係員から「ボールペンでいいです」と言って謝罪され、投票することができた。
市橋さんは「障害者と家族の生活と権利を守る都民連絡会」会長を務めており、「僕だから言い張ることができたけれど、嫌になって投票せずに帰ってしまう人もいると思う。間違いのないように、不正のないようにという守りの姿勢から、より多くの人が投票できるようにしようと意識を変えてほしい」と求める。
毎日新聞が障害者を対象に実施した合理的配慮に関するアンケートでも選挙に関する声が寄せられた。
「選挙には毎回必ず行く。字が読めないので写真を用意してほしいと伝えているが(投票所に用意されてい)ない。最近はあきらめて白紙で投票している」(知的障害などのある30代女性。家族らが代理記入)。「点字の候補者名簿を要求したが(投票所に)用意されていなかった」(視覚障害のある80代男性)
「さまざまな問題積み残し」
NPO法人「日本障害者協議会(JD)」(東京都新宿区)は7日、投票における合理的配慮や差別的取り扱いの禁止の徹底を求め、総務相宛てに要請書を提出した。
要請書では投票におけるバリアフリー化や投票方法の改善、情報のアクセシビリティー確保などを求めている。
要請書の手交に同席した全盲の田中章治さん(79)は点字投票をしていた際に係員から「そんなに熱心に書かなくていい」と言われたといい、「合理的配慮は進んできてはいるが、さまざまな問題がまだ積み残されている」と話した。
JDの薗部英夫副代表は「全国の市区町村の選管の対応が鍵だ。地域に暮らす障害者の声を聞いて、はじめてマニュアルが生きてくる」と指摘する。
総務省は5月に通知を、厚生労働省も7月に事務連絡を出し、障害者に配慮した選挙の実施などを周知した。総務省は障害者が円滑に投票できるように選管の対応例をまとめてホームページで公開しており「障害者のプライバシーの確保に留意したうえで親切で丁寧に対応するように周知している」(担当者)とする。
東京都狛江市では、知的障害者の親たちでつくる「狛江市手をつなぐ親の会」(森井道子会長)と市が連携して積極的に取り組んでいる。
会は知的障害者を対象に、候補にわかりやすい言葉で話してもらう演説会を主催したり、候補の写真とともにその主張を載せるわかりやすい選挙公報を発行したりしてきた。森井会長は「『場所のバリアフリー』は行政がやるべきことだが、『情報のバリアフリー』は公職選挙法の縛りもあって行政では難しいと捉えている」と話す。
市は23年の市議選で障害者の投票率を調査。全有権者の投票率50・7%に対し、知的障害37・7%▽身体障害47・5%▽精神障害50・4%だった。市の担当者は調査結果を踏まえ「投票率を上げるため福祉タクシーやガイドヘルパーの利用など使える制度を周知していくことも必要だ」としている。【田中綾乃、原奈摘】