「日本百名山」の一つである北海道知床の名峰が恐怖に包まれた。登山シーズン真っ盛りの羅臼岳(1660メートル)で14日午前、下山中の男性がヒグマに襲われ安否不明となった人身被害。麓の斜里町では、羅臼岳に取り残された登山者の救助や、安否不明者の捜索準備で騒然となり、知床五湖など周辺の観光スポットの多くは閉鎖が決まった。道は、出没情報を事前に確認する重要性を呼びかけている。
「こんな事故が起きたと聞いて驚いている」。午前7時過ぎに羅臼岳に1人で入山した長野県松本市の男性(33)は、そう語った。下山後に騒ぎを聞いて登山者の被害を知ったといい、「ヒグマに気をつけなくてはと思っていたが、それにしても怖い」と話した。
今回の人身被害を受け、羅臼岳を含む知床連山の各登山道のほか、登山者救助活動のヘリポートとなった知床五湖の駐車場、カムイワッカ湯の滝も閉鎖が決まった。知床五湖を堪能するつもりだったという札幌市白石区の男性(68)は「渓流や海での釣りが大好きだが、こんな事故が起きると恐ろしくて森や渓流には入れない」と困惑した表情を浮かべた。
17年間にわたって、知床のヒグマ対策に取り組んできた「野生動物被害対策クリニック北海道」(札幌市)代表の石名坂豪さん(52)は「ヒヤリハットは昔からあった。いつか起きると思っていた」と語る。知床連山では荷物を一時置いて頂上を目指す登山者の姿がよく見られるといい、「登山者の荷物を荒らして居着いたことが考えられる」と推測する。「ゴミではなく、人間そのものを襲うヒグマであるとしたら大変なことだ。登山、アウトドアにはヒグマよけスプレーを常時携帯することが必要だ」と訴える。
また、道ヒグマ対策室は、クマとの接触を避けるために「複数人で会話しながら行動したり、鈴や笛を使ったりして、自らの存在をクマに知らせることが大切」とし、「正確なヒグマの出没情報を事前に確認し、出没が相次いでいる場所を避けることも検討してほしい」と呼びかけている。
人身被害、1962年以降に160件…60人死亡・122人負傷
ヒグマによる人身被害は、道に記録が残る1962年以降、160件あり、60人が死亡、122人が負傷した。登山中の被害は13日時点で計6件と少なく、このうち6人が死亡、4人が負傷した。
道の資料によると、直近では2023年10~11月、福島町の大千軒岳で登山者計3人が相次いで襲われたケースがあり、単独で登っていた20歳代男性が死亡した。同じクマは、登山道で休憩中だった別の40歳代の男性2人を襲ってけがを負わせたが、ナイフで反撃され、その傷が致命傷となって後に死骸で発見された。
19年7月には中札内村のカムイエクウチカウシ山頂付近で、それぞれ単独登山をしていた40歳代と60歳代の男性が襲われ、軽傷を負った。
斜里町と羅臼町での人身被害はこれまで計8件あり、クマを狩ったり捕獲したりする際に2人が死亡した。24年7月には斜里町でクマの駆除をしていた60歳代男性が襲われ、負傷している。