2025年8月、神戸市で発生した女性殺害事件は、一般的な殺人事件の典型像とは多くの点で異なる非常に特異な事件といえる。以下は、これまでに報道された内容から挙げられる、谷本将志容疑者(35)の特徴的な行動だ。
・容疑者は東京在住だが、事件前の3日間被害者の勤務先近隣のホテルに宿泊していた
・防犯カメラには退社直後から帰宅まで数十分間にわたり、被害者の後をつける容疑者の姿が記録されていた
・犯行後、容疑者は凶器を現場近くに遺棄し、徒歩で新神戸駅に向かい、新幹線で東京方面へ移動し、最終的に東京都奥多摩町で発見、確保された
・確保の際、容疑者は奥多摩駅から数キロ離れた場所を歩きながらスナック菓子を食べていた
・被害者とは面識がなかったと供述している
・3年前に同じ神戸市内で面識のない女性への殺人未遂事件を起こしていた
犯罪心理学の観点から考える動機と背景
さらに、事件前に利用したホテルが、3年前に容疑者が殺人未遂容疑で逮捕されたとされる事件現場の近くに位置していたことも報じられている。この事実は、偶発性よりも行動パターンの反復性を示唆している。
また、断片的ではあるが現時点での報道からは、生活困窮(約300万円の負債)、勤務先への前歴の虚偽申告、特異なパーソナリティなど、多数の要素が複合していることがわかる。これら現時点で報道などにより判明している情報を踏まえ、犯罪心理学の観点から動機と背景を検討する。
日本の殺人事件の多くは、親族や配偶者、友人などの面識ある関係で発生する。警察庁の「令和6年の犯罪情勢」によれば、殺人事件における加害者と被害者の関係は親族間が過半数を占め、面識のない者による殺人は少数派である。本件が「面識なし」であるとすれば、統計上の希少事例に該当する。
ストーカー犯罪においても、McEwanら(2009)のメタ分析や、Mullenら(2009)のストーキングリスクプロファイルによれば、暴力化を強く予測するのは「当事者間の恋愛関係のもつれ」「過去の当事者間の暴力歴や脅迫行為」「精神障害」「アルコール・薬物使用」「犯罪歴」だ。
つまり、殺害や暴力にまで至る悪質で深刻なストーカー事案でも、それ以前に親密な関係があったケースが多い。
想定される動機の仮説とは?
①非親密・機会選択型暴力
容疑者の行動は、見知らぬ他人を標的とした「機会選択型暴力」として説明できる。犯行は当日の行動に関する報道に基づくと、被害者を脆弱な標的として選択したとみられる。