解決祈り続け29年、父の苦悩「犯人と同じ空気吸っていると思い苦しい」上智大生殺害事件

平成8年9月9日、東京都葛飾区柴又で当時上智大4年の小林順子さん(21)が自宅で刺殺後、放火された事件から未解決のまま29年が経過した。「こんなにも時間が過ぎてしまった」。父、賢二さん(79)は悔しさをにじませる。なぜ殺されたのか、なぜあの子だったのか-。その理由すら分からず、苦しみ続けている。
「毎年のことながら歳月の流れの早さを感じる。今日も事件は解決しなかったという落胆しかない」。事件から29年となった9日、現場自宅で献花式が行われ、賢二さんや警視庁亀有署員ら約20人が遺影を前に手を合わせた。情報提供を呼びかけるチラシなどを最寄りの京成柴又駅前で配布。賢二さんらが、駅の利用者一人一人に声をかけ「理由」の手がかりを求めた。
賢二さんは事件から1万日以上、就寝前に仏壇に手を合わせて解決を願い続けてきた。事件直後は早期解決への期待感もあったが、捜査は難航。現場からは犯人のものとみられる男のDNA型が検出されているが、解決には至っていない。
努力家だったという順子さん。大学ではレベルの高いクラスに振り分けられ、最初は苦労していたという。周囲は帰国子女ばかりで、日常会話も英語で行われる環境だったが、前向きに勉強に取り組み、成績はほとんどA評価だったという。
ジャーナリストを志し、ニュース番組や新聞を食い入るように見ていた姿が、賢二さんの目に残る。米国留学を2日後に控え、夢と希望を膨らませていた中で、事件が起きた。「本人も無念だっただろう。親としても本当に悔しい」。
犯人は捕まらないまま年月が過ぎ去り、当時15年とされていた殺人罪の公訴時効が迫っていた。「このままでは娘に申し訳ない」。一念発起し、平成21年には殺人事件被害者遺族でつくる「宙の会」を発足。署名活動や陳情書の提出を経て翌22年、殺人罪など一部の時効が撤廃され、事件解決への望みをつないだ。
賢二さんは、来年で80歳を迎える。順子さんのお墓までの道中、階段を40~50段ほど上る必要があり、「今年は登れるか心配」と不安を漏らす。
「犯人と同じ空気を吸って生きていると思うと胸が苦しくもなり、腹が立つ。覚悟して出頭してほしい」
情報提供は警視庁亀有署捜査本部(03・3607・0110)。(梶原龍)
DNA型鑑定、技術進化で識別能力向上
時効撤廃により未解決事件の捜査が長期化する中、犯人を追い詰める「切り札」の一つとなるのが、犯人の遺留物などのDNA型鑑定だ。科学技術の進歩により、識別能力はこの30年ほどで飛躍的に向上、海外では新たな活用の可能性も広がっている。
DNA型鑑定は、人の血液や皮膚などの細胞内に含まれるDNA(デオキシリボ核酸)の配列を分析することで個人を識別する。警察では、平成元年に導入され、4年に運用を本格化。当初は精度が低く、個人識別率が「1000人に1、2人」程度だったが、新型検査の導入などで精度が向上。現在は「565京人に1人(京は兆の1万倍)」と正確性が増した。
17年には、警察庁が犯罪現場に残されたDNA型情報をデータベース化。犯罪捜査の基盤となってきた。
22年の時効撤廃後、鑑定が長期未解決事件の犯人特定につながった事例も相次いでいる。令和3年には、広島県福山市で20年前に起きた殺人事件の犯人を特定。さらに同年、11年前に神戸市で高校2年の男子生徒が殺害された事件で、情報提供により関与が浮上した人物と、生徒の着衣から検出されたDNA型が一致。犯行を裏付ける重要な証拠となり、両事件とも事件解決に至った。
近年は海外で、人種や性別の推定、似顔絵まで作り出す研究も進んでいるという。法科学鑑定研究所の山崎昭所長はこうした最新の研究について、「一部の国では犯罪捜査にも導入されているが、日本は研究すら立ち遅れている」と指摘。「誤認逮捕につながらないような仕組みは必要」としつつ、「未解決事件の解決にもつながるはず」と期待を寄せた。
上智大生殺人放火事件
平成8年9月9日夕、東京都葛飾区柴又の住宅で上智大4年、小林順子さん=当時(21)=が首を刺されるなどして殺害された。現場は放火され全焼した。遺体にかけられた布団などから犯人のものとみられるA型の血痕が見つかり、男のDNA型も検出された。事件当日、現場付近では身長150~160センチぐらいで、黄土色のようなコートに、黒っぽいズボンを着用した不審な男が目撃されている。男が傘を差していたとの情報もある。