30分で習近平に「物言う外交」を見せつけた…中国の暴走を食い止めるため高市首相が選んだ”現実的な一手”

10月下旬、日・米・中のトップは立て続けに首脳会談を行った。中でも注目を集めたのは10月30日の米中会談だ。会談の交渉では、トランプ大統領には焦り、中国の習近平国家主席の余裕がみられ好対照の結果となったようだ。首脳会談で、中国はレアアース(希土類)の新たな輸出規制の1年延期と引き換えに、フェンタニル関税10%の引き下げを取り付けた。
翌31日、わが国の高市早苗首相は習国家主席と会談した。米中首脳会談と対照的に、日中会談で習氏は笑顔を見せなかった。米中首脳会談が1時間40分だったのに対して、日中の会談は30分程度と短かった。
その中でも、高市首相は“戦略的互恵関係”の重要性を伝え、拘束されている日本人の解放などを要求した。その後の会見では「かなり中身の濃い、充実した議論ができた」と述べ、初めての会談にも臆せず、言うべきことを中国に伝えたとの発言をした。
一連の首脳会談は、わたしたちの生活にも大きな影響を与える。とても他人事ではない。人工知能(AI)、レアアースそして台湾問題を巡り、米中対立が再び先鋭化するリスクは高い。それは、わが国の安全保障や経済にも直接波及する。日中両国の国民感情も良好とは言えない状態にある。
そうした中、高市首相は重要な隣国である中国といかに接するかは重要な課題となる。基本的には、毅然とした態度で中国に臨み、わが国の国民、企業の安心、安全の確保に取り組むことが必要になる。
10月28日、高市首相はトランプ大統領と日米首脳会談を開催した。両首脳とも終始笑顔で対話した。高市氏は主要企業による対米投資の方針、防衛面での米国製製品の購入増加などをトランプ氏に提示し、良好な関係を構築できたようだ。
30日、韓国でトランプ氏は中国の習近平国家主席と会談した。会談では、終始余裕を見せる習近平氏に対して、レアアース問題などで厳しい状況に追い込まれたトランプ氏との差は歴然としていた。
米中が合意した主な内容は、まず、関税に関しては、米国は対中フェンタニル関税を10%引き下げる。中国も報復関税を引き下げる。米中の人件費などのコスト競争力の差から、関税引き下げは中国に有利に働くだろう。
これまで中国は、米国以外の国や地域向けの輸出や投資を増やして、米中対立の激化への耐性を高めた。関税引き下げで対米輸出が持ち直せば、景気の下支えにつながる。一方、今回の関税引き下げで、米国内の違法薬物問題にどのような効果があるかは定かではない。
レアアース関連の輸出管理厳格化に関して、中国は規制の発動を1年延期する。すでに中国はレアアース生産の7割、精製の9割の世界シェアを押さえた。規制を1年延期すると約束しても、実際の輸出をどうするかは当局の匙加減しだいだ。
中国がレアアースの世界シェアを高め、他国を依存させる構図を作ったインパクトは大きい。トランプ氏は中国に輸出規制を先延ばしさせたと成果を誇示したが、厳しい実態に大きな変化はないとの見方もある。
農産品の輸入に関しても、トランプ氏は中国が大量購入すると主張した。一方、中国は南米諸国からの大豆輸入を増やし、対米依存を引き下げている。首脳同士の相手国訪問に関しても、2026年4月にトランプ氏が中国を訪問し、その後に習氏が訪米する予定を共有したようだ。
また、台湾問題に関して今回の米中首脳会談で議論しなかった。一部では、トランプ氏が目先の成果の誇示を優先するあまり、台湾問題で中国にどう対応するか、有効な方策が策定できなかったとの観測もある。中国としては、米国が台湾問題に触れなかったことが重要だ。総じて、今回の米中首脳会談ではトランプ氏の焦り、習氏の余裕ぶりの差が印象に残った。
米中首脳会談で習氏は、トランプ大統領に笑顔で応じた。それは、中国が寛大な姿勢で米国の要求に応じ、その結果、トランプ大統領が感謝の意を示したという構図を伝える意図があっただろう。それと対照的に、日中会談で習氏は笑顔を見せず冷静な表情に終始した。
現在、日中の関係は停滞気味だ。米中の対立、台湾問題の懸念上昇、コロナ禍の発生、そして邦人拘束問題などが影響した。2023年、中国は日本行きの団体旅行を解禁したが、民間での交流が活発化しているわけではない。
その状況下で、中国トップがわが国に笑顔を振りまくことは難しいだろう。中国国内の世論、共産党の長老などから突き上げを受ける恐れがある。ある意味、習氏が笑顔を見せなかったことは、中国経済の成長率低下などへの世論の不満増加の裏返しに映った。
首脳会談の中で、習氏は高市首相に、中国が主張する“中国に対する正しい認識”を持つよう求めた。米中対立が先鋭化する恐れがある中で、中国としてはわが国とも相応の距離感を保とうとしているだろう。
そうした中、高市首相は“戦略的互恵関係”を促進する、というこれまでの日中の合意を基礎に会談を進めたかったようだ。そこで、わが国として言うべきことを、具体的かつ率直に習氏に伝えたという。
安全保障に関しては、海洋進出や新疆ウイグル自治区などでの人権弾圧、台湾問題の激化への懸念を伝えたようだ。いずれも、国際的な認識に則った内容である。また、高市首相は中国に、わが国からの輸入促進も求めた。
具体的には、日本産の水産物輸入の円滑化、牛肉の輸入再開がある。いずれも実現すれば、わが国の経済にとって重要な変化になりうる。特に、水産品については中国が輸入の円滑化に踏み切れば韓国にも影響は波及するだろう。それは、わが国の輸出増加につながる可能性を持つ。
また、高市首相は、中国のレアアース輸出管理に関しても懸念を伝えた。また、中国で拘束されている日本人の早期解放、中国在住の日本人の安全確保を習氏に要請したという。こうした明確な意思表明は、わが国が対中政策面でASEAN諸国などの信頼感を高めるために重要だ。
一連の首脳会談は、わが国の経済、政治、安全保障などで相応の影響を与える可能性がある。
懸案事項の一つは、今後の米中関係が、首脳会談通りの展開になるかだ。本当に米中が関税引き上げを止め、双方の船舶入港時の手数料徴収を放棄するのか。中国はレアアースの円滑な輸出を実現するのか。
今後、世界の覇権国の地位を望む中国が、真正面からこうした取り組みを実現するとは考えづらい。むしろ、再度、中国がレアアースの輸出を制限し、世界の鉱工業生産に甚大な影響が広がるリスクは高いだろう。レアアースだけでなく、中国に買収された企業を巡って主要先進国と習政権が対立する恐れもある。
車載用半導体メーカー、オランダのネクスペリアを巡る蘭・中政府の対立、それによる自動車向けチップ不足のようなケースは増えるだろう。
米中、日中の首脳会談では、海外企業に対する技術の強制移転問題、補助金問題を議論するには至らなかった。この二つの問題はオバマ政権が環太平洋連携協定(TPP)を議論したころからの構造問題だ。
中国は今度も、表向きは海外企業に投資を呼びかけ、いったん進出したら容易に撤退できないよう圧力をかける可能性が高い。反スパイ法などを理由にした外国人の拘束が増える懸念も残る。
中国国内にも、さまざまな問題は山積している。バブル崩壊でデフレ圧力は上昇し、若年層を中心に失業率は上昇傾向だ。中国は1990年代以降のわが国より厳しい状況に陥るリスクは高まっている。習政権は世論の不満のはけ口として、台湾問題などで強硬姿勢をとるだろう。
わが国は、そうしたリスクを念頭に、中国に対応することが必要になる。特に、現在、日中両国の国民感情は必ずしも良好とは言えない。その状況下、個人、企業は安全確保を最優先に、対中国ビジネスや対中輸出に取り組むことになる。
高市政権はそうした活動をサポートするため、今後も中国に対して必要なことを、毅然とした姿勢で伝達することが求められる。
———-
———-
(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)