東北各地でクマが連日目撃され、被害が相次いでいる。死者数も今年に入りすでに13人を数えており、飼い犬も被害に遭っている。11月17日には秋田県五城目町で庭で飼われていた8歳のラブラドールが死亡しているのが見つかった。報道によると、腹部の内臓が露出した無惨な状態だったという。クマに襲われたら人間同様、犬もひとたまりもない。
しかしそんななか、果敢にもクマと戦い生き残った秋田犬と飼い主がいる。宮城県栗原市に住む高橋光太郎さん(41)と秋田犬の「テツ」だ。【前後編の後編。前編から読む】
10月19日深夜、高橋さんが自宅のリビングで娘と一緒にテレビを眺めていると、鉄雲(テツ)の異常な鳴き声が響いた。外を確認しに行くと、クマが一目散に突進してきたのは前編で報じた通りだ。閉めた玄関扉の向こうからは、クマが体重をかけて圧迫を加えてくるのがわかったというが、高橋さんは必死にドアを抑えた。
クマの圧がなくなったと思ったら、再びテツの鳴き声が外から聞こえ始めた。大事な家族の一員であるテツをクマから守らなければ。そう意を決して外に出たという。「テツ!」と呼ぶと、血をダラダラと流したテツが走ってきた。
「生きていた」
そうほっとしたのも束の間、暗闇のなかからクマの唸り声が聞こえてくる。電気をつけると興奮したクマが敷地内にあった小屋の周りをぐるぐる走り回っていた。
近くに武器になるものはないかと見回すと、車を持ち上げる「フロアジャッキ」があり、その柄の部分を手に取った。高橋さんはクマに向かって大声を出して威嚇したというが、クマは怯むことなく、横揺れしながら真っ直ぐに高橋さんのもとに突進してきた。
「無傷では済まないかもしれないと思いましたが、自分がやるしかないという思いでした。私は鉄製のジャッキの柄を思い切り振り上げて、クマに叩きつけました。頭を狙ったのですが、揺れながら来るからズレてクマの左肩にぶつかった。タイヤのような鈍い感触で……。人間なら骨が砕けてかなりのダメージになるかと思いますが、クマはうめき声一つあげなかった」
しかし流石に驚いたのか、クマはそのまま逃げるようにいなくなったという。あたりにはテツとクマが死闘を繰り広げたとみられる黒ずんだ血飛沫が、敷地内のあちこちに飛び散っていたと言う。
「テツは強かった。自分よりも大きなクマを相手に怪我をしながらも、家族のために戦ってくれました。テツかクマかは分かりませんが、車にはどちらかが叩きつけられたような血の塊がこびりついていたんです。激しい戦いだったんだと思います。本当に大事に至らなくてよかったです」