手足がしびれ・ふらつき歩く「ゾンビたばこ」蔓延警戒、若者摘発相次ぐ…依存性高く死亡リスクも

乱用者の異様な動きから「ゾンビたばこ」と呼ばれる指定薬物「エトミデート」の蔓延(まんえん)が懸念されている。今年5月に規制が開始されて以降、沖縄県を中心に各地で若者らの摘発が相次ぎ、同県では密売組織のトップ、大分県では密輸グループが逮捕された。依存性が高く、過剰摂取で死亡するリスクもあるとされ、捜査当局は警戒を強めている。(横山潤、山口覚智)
「記憶が飛ぶ」
「吸い過ぎると何も考えられなくなり、記憶が飛んでしまう」。エトミデートを所持したとして、医薬品医療機器法違反で9月に起訴された沖縄県うるま市の男(24)は調べに対し、こう供述していた。
11月19日に那覇地裁沖縄支部であった男の公判で、検察側が読み上げた供述調書などによると、男は今年4~5月頃に初めて使用。「ふわふわして心地よい」と感じたという。その後、過剰摂取するようになり、SNSで密売人を探し、繰り返し購入。起訴された分のエトミデートを含む液体(リキッド)約0・3グラムの代金は2万5000円だったという。
リキッド状で販売され、電子たばこで吸引されるエトミデート。沖縄県警は今年2月、職務質問、所持品検査した人物から初めて押収し、その存在を確認した。その後に発生した交通事故や暴行事件で、関係者の使用が相次いで判明したが、当時は直接取り締まる法律がなかった。事態を重く見た厚生労働省は今年5月、指定薬物として規制し、使用や所持、輸入などを原則禁止した。
同月以降、沖縄県警は医薬品医療機器法の所持や使用の容疑で10人(11月末時点)を摘発。都道府県別で最多で、うち9人が10歳代~20歳代を占め、中には高校生も含まれるという。逮捕者の話などから、県警は昨年秋頃から若者らの間で流通し始めたとみている。
1本1万5000円
沖縄での流通・密売への関与が疑われる組織に本格的な捜査のメスが入ったのは今年3月だった。
沖縄県浦添市内の閑静な住宅街にある一軒家。県警の捜査員が、違法薬物の密売事件に絡み捜索すると、部屋に無造作に置かれたカートリッジ約30本が見つかった。捜査関係者によると、その後の捜査で、カートリッジにはエトミデートを含む液体計約63グラムが入っていたことが確認された。
住人は、医薬品医療機器法違反(販売目的貯蔵)で11月に起訴された密売組織トップの被告(21)。組織は、匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)で、密売人最大約100人が所属していた。エトミデートなどの違法薬物を取り扱い、口コミやX(旧ツイッター)で客を募り、秘匿性が高い通信アプリ「シグナル」や「テレグラム」に誘導し、やりとりしていたという。
捜査関係者によると、密売価格はカートリッジ1本1万5000円~3万円程度。被告は逮捕前、高級車を乗り回し、派手な生活を送っていた。県警の調べに対し、組織のトップであることは認めているものの、それ以外はほとんど供述していないという。県警は県内で流通しているエトミデートの大半をこの組織が握り、違法薬物の密売で億単位の売り上げを得ていたとみている。
密輸グループも
エトミデートを巡っては、沖縄以外にも、東京や福岡、三重など各地で摘発されている。警察庁によると、規制開始以降、10月末までに摘発者は18人に上る。
九州厚生局麻薬取締部と大分県警は8~9月、インドから7月にエトミデートの粉末約100グラムを密輸したとして、中国籍の男3人(22~28歳)を医薬品医療機器法違反容疑で逮捕し、その後、起訴された。うち1人は大分地裁で今月19日に執行猶予付き有罪判決を受けた。
公判では、検察側は冒頭陳述で、3人は海外の薬品会社から約13万円で購入していたと主張している。捜査関係者は「事件は氷山の一角で全国各地に密輸されている可能性がある」と危機感を募らせる。
薬物犯罪に詳しい篠塚達雄・横浜薬科大客員教授は「エトミデートは依存性が高いため、摂取量が多くなって死亡するリスクもある。電子タバコで吸引できるので、抵抗感や警戒感が薄く、ファッション感覚などで安易に乱用する若者らの間で広がる可能性もある。啓発と取り締まりを強化すべきだ」と話している。
◆エトミデート=国内では未承認だが、海外では麻酔導入薬などとして使用されている医薬品成分。乱用すると手足がしびれて、ゾンビのようにふらついて歩くケースがあることなどから、「ゾンビたばこ」とも呼ばれる。電子たばこで吸引することが多い。