住宅用の不動産を宿泊施設として活用する、いわゆる民泊に強烈な逆風が吹いている。国策としてのインバウンド受け入れに備え、ホテル不足を補うための策として導入されたものだが、収益最優先の野放図な投資が相次ぎ、各地でトラブルが頻発。オーバーツーリズムに代表されるインバウンド急増の負の側面が表面化しつつある中、各地で規制が相次ぐ。民泊包囲網が急速に狭まりつつある一方で、ルールを無視する中華系の闇民泊まで取り締まれるかどうかが鍵を握る。
【画像】なぜ中華系闇民泊は”野放し”にされているのか
民泊利用者のマナーの悪さに豊島区が条例改正
「生活環境を守るのを最優先にする」
豊島区の高際みゆき区長は12月2日、同区で可決された民泊規制を強化する条例改正案について、記者団にこう語った。
2018年に政府が「住宅宿泊事業法」(通称:民泊新法)を施行して以来、豊島区では通年で年間180日まで民泊の営業が許可されていたが、これが春休み・夏休み・冬休みの指定された期間の120日に減る。新規開設も住居専用地域や準工業地域など区内70%のエリアで新規開設が不可能となる。
話題を呼んだのが、日数制限が新規施設だけでなく、既存施設にも適用されるというくだりだ。つまり、180日の営業を期待して開設したにも関わらず、稼働率の上限がいきなり3分の2に減るのだ。
しかも期間が定められているため、特定の時期に供給が集中することになる。競争激化により、単価が下落する可能性すらある。さらには稼ぎ時である春節が外されるなど、事業者の都合を完全に無視した内容となっている。
事業者からは寝耳に水で、「財産権の侵害」だと憤る声も聞こえたが、区側が押し切った形だ。背景にあったのが、民泊利用者のマナーの悪さだ。実際に、問題となった豊島区に足を運んでみた。
テレビドラマ「池袋ウエストゲートパーク」の舞台にもなった池袋西口。駅前こそ飲食店や家電量販店が軒を連ねる都会の光景が広がるが、北上して大通りから一本入ると、築年数が古い一軒家やアパートが密集している。
「本当に迷惑で、制限といわず全面的に禁止してほしいくらいだ」
民泊トラブルについて聞き込み取材をはじめてすぐに出会った、家の前を掃き掃除していた男性は開口一番、民泊利用者に対する憤りの声をぶつけてきた。
男性いわく、ゴミを分別しなかったり、ゴミ袋を路上に放置したりといった行為は序の口。
深夜3時までスピーカーで音楽を鳴らして騒いだり…
「深夜3時までスピーカーで音楽を鳴らして騒いだり、インターホンを押して注意しても日本語が通じずに無視されたりと、本当に酷かった」
民泊の問題点は、旅行者が毎回入れ替わるため、注意しても同じことが何回も繰り返されるという点にある。男性や周辺住人は耐えかねて区役所に訴えたものの、区役所側も人手が足りないのか、「事業者に連絡する」と言ったきり。改善の気配もないまま、また新たな民泊施設が稼働するといった事態が続いていたという。
これには事情がある。ホテルであれば対応するのは企業である上、人も常駐しているため、自治体としても注意しやすい。一方で民泊の場合、物件のオーナーは個人投資家も多く、常駐していないどころか、海外に在住しているというケースもままある。
池袋のように、中国人インバウンドに人気の高いエリアであれば尚更だ。中には意図的に苦情や自治体からの連絡を無視している悪質な業者も多いとされる。住民からの不満が事業者ではなく行政に向かったことで、区側が慌てて大幅な見直しに手を付けたという形だ。
民泊投資家にとっての「聖地」と化していた池袋
もっとも、今回の見直しは豊島区が招いた自業自得の面がある。民泊が導入された2018年、新宿区や渋谷区など、都心ターミナル駅に近い場所ではエリアによって厳しく制限していた。
しかし、豊島区はこうした規制を導入せず、経済効果があると数年間にわたり放置していた。特に池袋北部は築古の物件が多いことから物件の取得単価が低く、高利回りが見込めるとして、民泊投資家にとっての「聖地」と化していた。投資家が木造アパートや一軒家を買い漁り、民泊用にコンバージョンする例も相次いだ。
もっとも、今回の規制導入は民泊事業者に冷水を浴びせた形になる。池袋駅周辺で営業している地場の不動産仲介業者に話を聞くと、「前は投資目的で問い合わせる例もあったが、民泊規制の話が出たあたりから急減した」という。
こうなると投資家側は苦しくなる。一般的に、民泊の表面利回りは10%程度と言われている。インバウンドの急増で宿泊費が急騰した時期は20%の物件も珍しくなかったが、それを期待してローンを組んで物件を購入したものの、突然の「後出しジャンケン」により利回りの急落が確定したのだ。
はやくも撤退戦の様相…民泊事業者は「招かれざる客」
投資家向けの不動産ポータルサイトには民泊用物件が次々と掲載されるなど、はやくも撤退戦の様相を呈している。
民泊規制に手を付けたのは豊島区だけではない。
江戸川区や北区、墨田区などこれまで規制がなかったエリアでも営業可能エリアや期間などを制限する条例の制定に向け議論が進んでいる。
新宿区では業務停止命令を受けながら営業を続けたり、行政への報告義務を繰り返し怠ったりした悪質な4事業者11施設に「廃止命令」も出た。
これまで、東京はホテルが足りないと言われてきたが、足元のインバウンド急増を受け、ホテル事業者だけでなく不動産デベロッパーから投資ファンド、異業種からの参入も含め、様々な企業が参入。ホテルの建設ラッシュが始まっている。
従来であればマンションが建つような立地の土地でもホテルに転用されるケースもあり、供給不足は解消されつつある。これまで、ホテル不足を補ったり宿泊料金の高騰を抑えたりする調整弁としての機能を期待されてきた民泊だが、ここにきて負の側面の方が大きくなり、行政側にとっても民泊事業者は「招かれざる客」となりつつあるのだ。
法の枠外にいる「中華系民泊事業者」への対応
収入の減少を余儀なくされる一方で、運営・維持コストは上昇の一方だ。
日銀が12月19日の金融政策決定会合で利上げを実施し、政策金利を0.75%程度に引き上げると決めたばかりだが、インフレが続く中、今後も継続的に政策金利が引き上げられることはほぼ確実な情勢だ。借入金利の上昇は返済負担を重くし、収益を悪化させる。
加えて、人手不足により清掃などの外注費用も上昇ペースが加速している。もともと民泊の主要顧客である外国人観光客は使い方が荒いことも多く、修繕費などもばかにならない。
また、東京都は26年2月の都議会で宿泊料金に課税する「宿泊税」についての条例改正案を提出する計画だが、ここでは民泊も対象施設として1泊1万3000円以上の宿泊料金に1人あたり一律3%を課税することになる。
保有するアパートの一部を民泊として運営する不動産投資家のA氏は「物件に稼いでもらうどころか、利益を出すためにオーナー自ら清掃をしている人も出ている」と語る。
中国系のプラットフォーム企業の多くは日本の法を無視
今後、注目を集めるのが法の枠外にいる「中華系民泊事業者」への対応だ。
日本人が運営する民泊の多くはairbnbに代表される、日本のルールの中で事業に取り組むプラットフォーム企業と契約しているため、法を遵守せざるを得ない。しかし、中国系のプラットフォーム企業については「多くは180日ルールなど日本の法を無視しており、顧客も中国人限定のため、足もつきにくい」(全国紙経済部記者)という声もある。
実際に、晴海フラッグで有名となった「中華系闇民泊」は東京や大阪の各地で散見される。ここの穴を塞がなければ、日本人投資家が撤退した跡に中国人投資家が入り込み、更に状況が悪化する可能性もある。
取材・文/築地コンフィデンシャル 写真/shutterstock