「突然激昂してカッターを取り出し大振りで…」埼玉の中3男子が同級生から受けた大怪我を親にも3年間言えなかった“恐怖の理由”

2022年6月27日、埼玉県立の中高一貫校の中学3年生だったダイキさん(仮名)は、教室で昼休み明けの5時間目の準備をしていた。同級生のAにカッターで切りつけられ、右膝の内側を大きく切る重傷を負った。
昼休みが終わり、教室で5時間目の移動教室の準備をしていたダイキさんに、隣のクラスの同級生であるAが近づいてきた。 ダイキさんは当時の状況を、今も鮮明に記憶している。
カッターの刃をダイキさんの顔面めがけて振り下ろし
「最初は『次の授業は移動教室だね』という、ごく普通の挨拶から始まりました。翌日からプールの授業が始まる予定だったので、そんなたわいもない話をしていたのですが、Aが次第にじゃれついてくるような感じで、腕時計の革ベルトを外して僕の腕をパチパチと叩き始めたんです。
最初は軽く受け流していましたが、だんだんしつこくなってきて……。嫌だったので『やめろ』と言って彼の手を払い除けました。すると彼は、自分が逆らわれたと感じたのか、突然、激昂しました。そしてカッターを取り出し、僕に向かって大振りで切りつけてきたんです」
Aは、カッターの刃をダイキさんの顔面めがけて振り下ろした。ダイキさんは咄嗟の判断で身をかわしたものの、その拍子に机をなぎ倒して背中から転倒してしまう。
「後ろに飛び退きましたが、足をもつれさせて背中から倒れ込みました。その際、転倒した反動で僕の足がAの方に向いてしまった。それで振り下ろされたカッターが僕の右膝の内側にグサッと刺さったんです。最初は背中を打った痛みの方が強く切られたことに気づきませんでしたが、2~3秒して起き上がろうとしたら膝に激痛が走りました。見ると、制服のズボンが半分近くバッサリと切れ、膝のあたりが血だらけで真っ赤になっていました」
血がしたたる右足を引きずりながら、ダイキさんは自力で保健室にたどりついた。しかしダイキさんは、教師に怪我の原因を伝えることができなかった。
「保健室に行くと、先生が傷口を見てすごくびっくりして『どうしたの?』と聞かれました。その瞬間に『もし本当のことを言ったら、後で仕返しをされるんじゃないか?』という強い恐怖が頭をよぎったんです。Aは普段から教師の言うことも聞かない、いわゆる“やんちゃ”な生徒として知られていました。過去には女子生徒の手にシャーペンを突き刺したり、暴力を振るったという物騒な噂も聞いていた。
その恐怖心から、僕はとっさに『転んで教室の机の金具に引っ掛けた』という嘘をついてしまいました。先生はダバダバと溢れ出る血を止めることに必死で、僕の嘘がそのまま通ってしまったんです」
ダイキさんが保健室で治療を受けていた13時30分頃、ダイキさんの母親は職場で学校からの電話を受けた。
「息子さんが怪我をしてしまったので、すぐに来てください」
電話口では詳細な説明は一切なく、母親は「休み時間に遊んでいて転びでもしたのかな、大きな怪我でなければいいけれど」と不安を抱えながら、職場を早退して車を走らせた。
学校側は救急車を呼ぶなどの対応を一切取っていなかった
学校に到着し、保健室のドアを開けた瞬間、母親は自分の目を疑った。
「怪我をした膝の部分を見ると、制服のズボンが20センチ近くも切り裂かれていて、その下に傷口が露出していました。膝の傷跡は6~7センチに及び、深さも1センチほどあって、中の肉が見えている状態でした。ダイキは教室から自分で足を引きずって保健室へ向かったようで、保健室の前の廊下まで血みどろになっていました。しかしこの時点で息子は『他人にやられた』とは言わず、私もまさか同級生にカッターで切られたなんて、夢にも思っていませんでした」
保健室では教師が包帯を巻いて止血を試みていたが、「血が止まらない」と処置が難航していた。これほどの重傷でありながら、学校側は救急車を呼ぶなどの対応を一切取っていなかったのである。
「とにかく一刻も早く病院へ連れて行かなければと思い、私の肩を貸して、ダイキにケンケンをさせるようにして近くのクリニックに担ぎ込みました。結局、傷口は5~6針ほど縫うことになりました」
帰宅後、母親が改めて理由を尋ねると、ダイキさんは「転んで教室の机の金具に引っ掛けた」と同じ説明を繰り返した。母親は「次は気をつけなさいよ」と諭すしかなかった。
その日の17時頃、担任の女性教師から状況確認の電話があった。「明日、学校はどうしますか?」という事務的な確認と共に、学校の管理下での負傷時に適用される「災害共済給付金」についての説明を受けた。
「その後、学校から渡された書類には、ダイキの説明通りに『転倒して怪我をした』といった必要事項を記入しました。ただ今になって思えば、学校側は事件直後の聞き取り調査ですでに『Aのカッターによるもの』という事実を把握していたはずです。にもかかわらず、学校がどのような名目で共済金を申請し、事務処理を行ったのかは私たちには分かりません」
「毎日が強いストレスと心労の連続でした」
それでもダイキさんが自分で転んで怪我をしたと思っていた両親は、学校側の対応を「親身で心配してくれている」と感じていたという。
ダイキさんの父親も、「刃物で切りつけられるなんていう発想自体がありませんから、息子には『次から気をつけろよ』とだけ言いました」というものだった。
事件後、ダイキさんは真相を誰にも言えないまま中学校を卒業し、同じキャンパス内にある高校へと進学した。その日々は、常に恐怖と隣り合わせだったという。
「毎日が強いストレスと心労の連続でした。Aは隣のクラスにいる状態だったので、学校に行けば常に彼とすれ違う可能性がありました。そんな環境で、勉強や部活に安心して打ち込めるわけがありません。もし変にAを避けるような態度を取れば、『なんだお前、避けてんのか』と八つ当たりの対象にされるかもしれない。それが何よりも怖かった。だから僕は『卒業までとにかく逃げ切るんだ』と自分に言い聞かせ、Aに対しては当たり障りのないように接し1人で耐え続けていました」
ダイキさんは、自分が黙っていても「いつか学校側が適切に調査し、事実を明らかにしてくれるだろう」という淡い期待も抱いていた。しかし、学校が動く兆しは一向になかった。
「あの怪我、転んだって思ってるだろうけど…」
沈黙が破られたのは、事件から3年が経過した2025年6月11日。高校3年生になったダイキさんの進路に関する三者面談の場だった。面談が終わりかけたその時、ダイキさんは母親に全てを告白する決意をした。
「三者面談の時、これが『ラストチャンス』だと思いました。このまま卒業してしまえば二度と話す機会はなくなる。もうすぐ夏休みが始まり、学校に行くこともなくなるタイミングだったので、今なら安全に逃げ切れるかもしれないという思いもありました」
進路の話が一通り終わった後、ダイキさんは「ちょっと待ってくれ。話があるんだ」と声を震わせながら切り出した。
「お母さんは、あの怪我、転んだって思ってるだろうけど……本当は隣のクラスのAにやられたんだ!」
それを聞いた母親は、椅子から転げ落ちるほどの衝撃を受けた。3年前に起きた出来事が不慮の事故ではなく、極めて悪質な「傷害事件」であったことを初めて知ったのである。
「びっくりして、言葉が出ませんでした。『どうしてこれまで黙っていたの?』と聞くのが精一杯でした。ダイキは涙ながらに 『仕返しが怖かった。もし話したらまた襲われるかもしれないし、同級生のみんなも事件を見ていたけど、みんなに迷惑をかけるのも嫌だった』と話してくれました」
この告白は三者面談を担当した担任教師もその場で淡々と聞いていたという。
ダイキさんは3年越しに事件の真相を話したことで、「高校の担任が学校に伝えて正式な調査をしてくれて、警察へも届けてくれるはず」と期待していた。しかし、その期待もまた、無情に崩れ去ることになる。
現在のダイキさんは、当時の絶望をこう振り返る。
「被害を告白した後の7月に学校側は『守ります』と言いましたが、実際には具体的な調査も加害者への処分も行われませんでした。両親が何度電話をしても『警察が捜査中なので無理です』の一点張りで、結局、学校自らが動いてくれることはありませんでした。学校に対する信頼感は、完全に失われました」
〈 「同級生をカッターナイフで切りつけた生徒に卒業証書を渡すのか?」一生消えない傷跡が残ってしまった中3男子が“2カ月後の卒業式”に望むこと 〉へ続く
(渋井 哲也)