投票終了の午後8時ちょうどから衝撃が走った。各メディアが一斉に開票速報を流した途端、中道改革連合の重鎮たちの敗北が次々と確実になったからだ。宮城4区で過去30年、連続10回当選を重ねた安住淳共同幹事長が、岩手3区では戦後最多20回目の当選を目指した小沢一郎が敗れた。いわゆる「ゼロ打ち」だ。
他にも本庄知史共同政調会長、馬淵澄夫共同選対委員長、岡田克也元外相、吉田晴美……現役幹部やベテラン、若手ホープが相次いで落選〈別表〉。結局、中道が死守できた選挙区はたったの7つ。比例代表を含め獲得議席は49と公示前167から約7割もの激減という壊滅的惨敗だ。
しかも公明党出身候補は比例上位優遇で28人全員が生き残った一方、立憲民主党出身候補はその分、比例復活のハードルは高くなり、まさに死屍累々。選挙中盤から立憲出身者の不満がくすぶり、早くも党存続の危機に立たされている。
中道は衆院解散直前、立憲と公明両党の衆院議員を中心に結成。高市政権の「右傾化」に対抗し、「中道の固まり」をアピールしたが、選挙戦は立憲支援の連合と、公明の支持母体・創価学会の組織力頼み。過激派をもじって「中革連」(麻生副総裁)と揶揄されるネーミングセンスの悪さに加え、時間不足で「中道」の党名はまるで浸透せず。連合が後押しする国民民主党との選挙区調整も不発。競合した46選挙区で連合票が分散し、急造に伴う「選挙目当ての野合」批判も打ち消せなかった。
若年層は“昭和リベラル”を相手とせず
「中道は負けるべくして負けました」と、政治ジャーナリストの角谷浩一氏はこう指摘する。
「一握りの党幹部だけで決めた合流判断を現場がのみ込めず選挙に突入。安保法制の一部は『合憲』、原発再稼働も条件付きで『容認』と現実路線を歩んだつもりが、政治に理想を求める左派離れが起き、本来の“お客”を失った。何よりも発想が『昭和のリベラル』のまま。無党派層、特に若い人々には主張が全く響かなかった。昔ながらの『右派』を敵視するだけで、高市首相の『軍事力を強化しないと平和は保てない』との詭弁を信じてしまう若年層に『そうじゃないんだ』と強く“改心”を迫る努力を怠ったためです。むしろ、日本初の女性首相をイジめる“おじさん集団”の印象を強め、ますます若年層が逃げた。安住幹事長が元グラドルに大敗した宮城4区が象徴的です」
野田共同代表は「独特の何とも言えない空気に結果が左右された」「万死に値する」と敗戦の弁を述べたが、どんな言い訳ももはや通じない。戦略ミスの自滅で戦後80年積み上げてきた平和国家の瓦解を許した大罪は、間違いなく歴史に残る。
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