《衆院選と合わせて約28億円》“意味不明”と批判された選挙で民意を得られるのか…維新「出直し選」が招いた違和感

現場は騒然としていた。2月1日夜、大阪の堺市にあるメトロ「なかもず」駅前。ここで日本維新の会代表の吉村洋文氏が演説をやるというので見に行ったのだ。随分と応援のプラカードが多いなと思ったら逆だった。「嘘つき」「組織的国保逃れ」「何度もしつこい都構想」などと書かれた、プロテスター(抗議をする人)たちのプラカードだったのである。
この現場は各紙でも注目され、毎日新聞は『プロテスター集まった選挙戦 「表現の自由」で保障、手法に反発も』と報じた。識者は演説の妨害とならないよう節度を守るべきだとしつつ、有権者による「表現の自由」だとの見方を示している。
二つの選挙でかかる費用は約28億円と見込まれ…
それにしても、なぜこれほど抗議される選挙になったのか。それは「出直し選」だからだろう。
衆院の解散が確実視された1月中旬、大阪府知事の吉村洋文氏は、維新副代表で大阪市長の横山英幸氏とともに辞職を表明した。てっきり維新による「国保逃れ」で責任を取って辞職したのかと思いきや、2人は「大阪都構想」を前進させると称して任期途中で出直し知事選・市長選を仕掛けたのである。
二つの選挙でかかる費用は約28億円と見込まれ、維新以外の国政政党は「大義がない」として候補者を立てなかった。結果として白票などの無効票は知事選、市長選とも投票総数の1割を超えた。
選挙3日後の読売新聞社説は手厳しかった。『大阪ダブル選 都構想支持の民意とは言えぬ』。
《悲願の政策(都構想)を前に進めるためといっても、それがなぜ府知事選や市長選なのか。そんな意味不明な選挙に当選しても、有権者の信任を得たとは到底言えないだろう。》
意味不明の選挙だとバッサリである。
読売新聞社説のキラーフレーズ
さらに、
・これで都構想を前に進められると考えるなら筋違いだ。

・税金の無駄使いだと言われても仕方なかろう。

・衆院選で維新は大阪以外、支持の広がりを欠いた。地元の利益ばかりを優先する姿勢が見透かされたからではないか。
キラーフレーズの連続だった。一方でこんな記述もある。
《選挙に勝つことで「民意を得た」という口実を作り出し、構想実現への手続きを強行しようとしている、としか思えない。》
このくだり、大阪だけだろうか。高市首相の顔も浮かんだ。その意味では高市氏と維新は相性が良いのかもしれない。ただ、高市氏は自ら「信任」を口にした結果そうなったのだが、維新は「信任された」と言っても総ツッコミ状態だ。その点はまったく違う。維新の場合は、ひとり相撲大阪場所という印象である。
さて、昨秋から私の頭を離れない言葉がある。「脱法的」という体質だ。
まず国保逃れ。一般社団法人に「理事」として名を連ね、わずかな報酬を得て働いている体裁を取る。すると国保から社会保険へ切り替えることができ、保険料は大きく下がる。身を切る改革を訴えながら、自分たちは制度の隙間を使っていた。
「脱法的」と言えば、共同代表の藤田文武氏をめぐる政治資金問題もあった。公設秘書が代表を務める会社に公的資金が支出され、“公金還流”との指摘を受けたが、説明は一貫して「違法性はない」だった。似た構図は他の維新議員にも報じられている。
結果として、維新は制度の隙間を誰よりも早く、巧みに使ってきた姿を繰り返し見せている。それは「合理的」「コスパ」「スピード感」といった彼らの自己イメージと無縁ではないだろう。
出直し選もまた、制度の隙間を突いたものではなかったか。もちろん違法ではない。辞職も再出馬も制度上は可能だ。しかし、問題はそこなのだろうか。
知事選の選挙期間が長い点を戦略的に使った可能性も指摘
長年維新を取材してきたノンフィクションライターの松本創氏は、「週刊金曜日」のコラムで今回のダブル選を「維新の背信的な脱法体質」と指摘する。民主ネット大阪府議会議員団の声明「選挙制度の悪質な誤用である」を紹介し、知事の辞職届に日付がなく、公選法を優先して選管が選挙日程を先に決めたことで、告示6日前という異例の日程が可能になった経緯を伝えている。その法解釈を担った選管委員長が維新の元ブレーンである点にも触れる。法律違反ではない。だが、どこが「民主的プロセス」なのか。
ダブル選をめぐっては、知事選の17日間という選挙期間が衆院選(12日間)より長い点を戦略的に使った可能性も指摘された。候補者として5日間長く活動できることが「選挙運動の公平性を毀損しうる」という見方である(1月16日・東京新聞)。記事のタイトルは、「都構想『勝つまでじゃんけん』」だった。
維新には以前から「ゴチャゴチャ言うならオモテに出ろ、選挙で決めるから」とでもいうような、民主主義を盾にしながらも、その扱いはどこか横柄に見える。大阪の外からどう見られているのか、一度立ち止まって考える時期ではないか。
ちなみに、今回大阪で見た選挙演説には、「維新は組織的な脱法と言われているが違います。脱法的行為をする人たちが維新に集まるのです」と維新を批判する演説もあった。苦笑してしまった。だが、笑ってはいけない現実なのだ。
(プチ鹿島)