東京大空襲 20回目の朝鮮人犠牲者追悼会 「名前を明らかに」

太平洋戦争末期の1945年3月10日の米軍による東京大空襲で亡くなった朝鮮人の追悼会が28日、東京都慰霊堂(墨田区)で開かれた。約80人が参列して犠牲者の冥福を祈り、犠牲者の氏名特定を目指すことを確認した。
「東京大空襲朝鮮人犠牲者を追悼する会」(西澤清代表)の主催で、2007年から数えて20回目。
隅田川沿岸の下町を襲った10日の無差別爆撃では、およそ10万人が虐殺された。歴史教科書に記載され、体験記も多数刊行されているが、多くの朝鮮人が巻き込まれたことはさほど知られていない。朝鮮で、日本の植民地支配時代に中央銀行としての役割を担った朝鮮銀行の調査では、41年末に東京で暮らしていた朝鮮人は10万4156人。東京大空襲ではおよそ1万人が犠牲になったとされる。
同会が保管する犠牲者名簿は188人にとどまる。軍属の戦没者名簿などで明らかにしてきたが、戦後長い時間が過ぎ、また朝鮮人が日本式の氏名を名乗らざるを得なかった「創氏改名」のため、犠牲者の氏名が分かっても朝鮮人かどうか直ちには分かりにくい。
同会は被害者名簿の補充を目指す。従来の資料調査や聞き取りに加え、今年1月には大きな被害を受けた地域を現地調査。江東区森下にある八百霊(やおたま)地蔵尊で、東京大空襲の犠牲者の氏名を刻んだ墓誌の中に、朝鮮人と思われる名前が31人確認された。
調査に参加した朝鮮大学校4年の尹琴淑(ユングムスッ)さん(22)は「名前を特定するためにどんな方法があるのか考えたい。犠牲になった人たちが、二重三重の苦労をしていたことを知ってほしい」などと話した。また同大学校朝鮮問題研究センターの金哲秀(キムチョルス)教授(60)は「日本人の犠牲がクローズアップされがちだが、同じように生活して犠牲になった朝鮮人がいたことを記憶してほしい。また犠牲者の尊厳を守るために最後の一人まで名前を明らかにしたい」と述べた。
同会は犠牲者の氏名や被災した場所、本籍地などの情報について、メール([email protected])などでの情報提供を呼びかけている。【後藤由耶、栗原俊雄】