「田久保劇場」が警察を本気で怒らせた…東洋大関係者が解説「学歴詐称の前市長がこれから払う重すぎる代償」

学歴詐称疑惑をめぐり刑事告発された伊東市の田久保真紀前市長が書類送検された。
テレビ静岡によれば、田久保氏をめぐっては、「6つの容疑・8つの事件について警察が刑事告発を受理した上で捜査を進め」ていたという(「伊東・田久保前市長を書類送検 学歴詐称めぐり地方自治法違反の疑い」2026年2月27日17時38分配信)。
なかでも、「市議会の百条委員会で正当な理由なく出頭を拒否したり、資料の提出を拒んだり、虚偽の証言をしたりしたとして議会側が告発して」いた「地方自治法違反容疑」での「書類送検」だと、同社は報じている。
この「書類送検」とは何か。マスコミ用語であり、法律には書かれていない。刑事訴訟法における、書類の「送付」や「送致」をまとめたことばである。今回は、伊東市議会をはじめとする関係者からの「刑事告発」がされているため、「司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない」(同法第242条)が適用され、この「速やかに」が重視されたとみられる。
もとより、同法第246条は、「司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない」とあり、「全件送致の原則」とも言われる。
さらに、「書類送検」にあたっては、公訴提起(起訴)を求める「厳重処分」や、判断を委ねる「相当処分」、さらには起訴を求めない「寛大処分」や「しかるべく処分」まで、警察側の意見をつけている。これは、全国の警察を管理する「国家公安委員会」の規則である「犯罪捜査規範」に「事件を送致又は送付するに当たっては、犯罪の事実及び情状等に関する意見を付した送致書又は送付書を作成し、関係書類及び証拠物を添付するものとする」(第195条)と定められている。
今回の田久保氏については、どうなのか。それは、警察・検察にしかわからない。とはいえ、逮捕による身柄拘束をせず在宅のままで捜査を進め、そして「送付」に至った時点で、捜査当局の姿勢が窺えよう。では、その姿勢とは、何か。
伊東市議会は、昨年(2025年)9月1日に、田久保市長(当時)への不信任決議案を全会一致で可決するとともに、同氏による百条委員会への出頭拒否、記録提出拒否、証言拒否、虚偽証言の4件について地方自治法違反での刑事告発も可決した。静岡県警伊東警察署に告発状を提出し、受理されている(「田久保真紀市長の不信任案を全会一致で可決 伊東市議会、刑事告発も」朝日新聞、2025年9月1日11時42分配信)。
ここでの違反とは何か。「百条委員会」の名前の通り、同法百条に定められた委員会にまつわる違反の疑いである。「正当な理由がないのに」、出頭をしなかったり、記録を提出しなかったり、証言を拒んだりすると、「6カ月以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金」とされている(同条3項)。また、「虚偽の陳述」については、「3カ月以上5年以下の拘禁刑」(同条7項)とされている。
この「百条委員会」が強い権限を持っているのは、この2つの項目について「罪を犯したもの」と議会が認めるときは、「告発しなければならない」としている(同条9項)ところにもある。
出頭や証言について強制力があるばかりか、それを拒んだり、嘘をついたりしたら、ほぼ自動的に警察に告発される、そんなところに、この「百条委員会」の意味がある。住民から選ばれた議会からの求めには、「正当な理由がない」限りは従わなければならない。そうした地方自治法の根本が、この「百条」なのである。
田久保氏は、その本丸を蔑ろにしたのではないか。いや、ではないか、という疑いではない。百条委員会は、公開されていたし、その出頭拒否についても、田久保氏は、わざわざ「回答書」まで提出する念の入れようだった(「伊東市長、百条委への出頭拒否 「回答が不可能」 静岡」時事ドットコムニュース、2025年7月24日18時6分配信)。
今回の「書類送検」にあたって、警察からどんな「意見」がつけられたのかは定かではない。ただ、この地方自治法違反については、田久保氏本人が堂々と、出頭を拒否する「回答書」を送り、しかも、メディアを含めた衆人環視のもとで証言を拒否している以上、明明白白ではないか。であれば、誰が見ても起訴すべきだし、そして、有罪判決を得られるに違いない、そんな目論見があるのかもしれない。
重要なのは、こうした捜査機関の意図にまつわる邪推でも、田久保氏への個人攻撃でもない。「地方自治法違反」での「書類送検」というニュースが、私たちにつきつける教訓ではないか。その教訓とは何か。
もちろん、まずもって学歴を詐称してはいけない。卒業していない大学の「卒業証書」を示すなど言語道断であるし、今回でいえば、田久保氏によって東洋大学が被ったレピュテーションリスクは計り知れない。たとえ魔が差してしまったとしても、謝罪し、訂正しなければならない。
ところが、田久保氏は、謝罪も訂正もしなかった。そこには、彼女のさまざまな思惑があるのだろうし、その独特な感性のなせるわざなのだろう。
それでも、民主主義の仕組みにおいて、多くの有権者から正当な選挙を経て選ばれた以上は、同じく住民の代表である議会には真摯に対応しなければならない。最低でも伊東市議会に対しては、誠心誠意、向き合うべきであったのではないか。
それなのに、よりにもよって、その最低ラインであるはずの議会を侮蔑したような態度を続けたばかりか、上記のような強大な権限と位置付けを持つ百条委員会をもコケにしたのでは、もはや、庇いようがないのではないか。
公職選挙法では、「虚偽事項の公表罪」は、「2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金」が定められており(同法第235条1項)、先に見た地方自治法違反への罰則と比べると重い。けれども、産経新聞がまとめたように、「政治の世界では過去にも多くの学歴詐称疑惑が取りざたされてきた」ものの、起訴猶予処分になったり、不起訴処分になったり、と、学歴を偽っていたとしても、職を追われたケースは多くはない。
とすると、地方自治法違反による「書類送検」の意義は、ここにある。すなわち、「学歴詐称」がこれまでの経緯では有罪判決どころか刑事訴追すら多くないのに対して、そのラインを突っ張ったばかりに、かえって、より固いと見られる罪に問われかねない。
すぐに謝っておけば、起訴を免れるのはもちろん、ことによると、その職を追われずに済んだのかもしれない。にもかかわらず、謝罪を拒んだばかりに、その重い、いや、重すぎる代償を、田久保氏は、払わされているのではないか。行政府の長でありながら、議会を軽視した。政治家として根本的な資質を欠いていると言わざるを得ない。墓穴を掘ったのではないか。
今回の教訓は、田久保氏個人にとどまらない。いや、というよりも、彼女は、あくまでもここ数年の日本における選挙の風潮を象徴したに過ぎない。それは、制度「ハック」とも言える流れである。正確には、こうした流れを「SNS戦略」などとして「分析」したつもりになっているメディアの潮流こそ、問われなければならない。
代表的なのが政治団体「NHKから国民を守る党」の手法だろう。同党は、公選法の抜け穴を突くようなやり方を繰り返してきた。当選を目的とするというよりも、選挙の仕組みを利用する手法は、「選挙ハック」とも呼べるのではないか。
2020年の東京都知事選挙では、実業家の堀江貴文さんを擁立していないのに「ホリエモン新党」を名乗った。2022年参院選では「選挙区での立候補者は当選を目的としていません」と公言し、得票を政党助成金稼ぎの手段だと動画で説明していた。2024年都知事選では「ポスター掲示板をジャックせよ」と呼びかけ、団体への寄付者が自由に作ったポスターを使えるとした。
その手法が、もっとも議論の的となったのは、同年の兵庫県知事選挙だった。立候補した党首の立花孝志氏が「僕に(票を)入れないでくださいね」と訴え、斎藤元彦氏の「疑惑」を否定する演説をくりかえした。斎藤氏は「オールドメディア」からの批判をものともせず圧勝した。
テレビや新聞では、こうした傾向を「SNS戦略」などと訳知り顔、というか、悔しそうな顔をして「分析」する識者が蠢いている。そうした粗雑な総論で事足れりとするのではなく、今回の伊東市長に関する一連の騒動のように、一つひとつの事情や経緯を丁寧に検証しなければならないのではないか。
田久保氏について、私たちが語りつづけてきたのは、単に「学歴詐称」がけしからん、許せない、といった直情径行ではない。
「学歴詐称」疑惑に始まり、百条委員会をめぐる騒動を経て、不信任決議案が可決され、約半年での再選挙に至った。
にもかかわらず、対抗勢力と戦う「人口6万人の自治体の救世主」かのような顔をして市長の座に居座りつづけたのは、制度「ハック」のひとつだったと言えよう。「NHKから国民を守る党」も彼女も、たしかに「SNS戦略」を持っていたのかもしれない。
しかし、その手法には、選挙や地域に応じた違いがあり、一貫しているわけでもなければ、全てが成功しているわけでもない。
伊東市での刑事告発や、出直し選挙、そして、今回の「書類送検」に至る流れは、本当に彼女がその自治体のトップにふさわしいのかどうかを問い直す貴重な時間にほかならない。この時間は、伊東市にだけにも田久保氏だけにも限定されない。私たちが、一票にどんな思いを託しているのかを常に問い返すきっかけになったのではないか。
それは、メディアに飛び交うや「SNS戦略」といった乱暴な「分析」では解明されない、もっと尊く、ずっと繊細な心情ではないか。この点においてこそ、警察当局がまず「地方自治法違反」で「書類送検」した意味があり、そして、私たちがこの件について関心を抱きつづけてきた理由がある。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)