辺野古転覆、誰が安全管理をしていたか 学校「海のこと分からない」引率教員は乗船せず

「海のことはよく分からない」「船長との信頼関係で大丈夫だと…」。沖縄県名護市辺野古沖で船2隻が転覆し、乗っていた同志社国際高(京都府京田辺市)の生徒と船長が死亡した事故。一夜明けた17日、初めて会見した学校側の説明からは、現場海域での乗船判断をはじめ、生徒の安全管理に疑問を抱かせる対応が次々と露呈した。
同校の一室でこの日午前11時から始まった会見の冒頭、西田喜久夫校長や同校を運営する学校法人の役員らは約10秒にわたり深々と頭を下げた。
会場には50人以上の報道陣が詰めかけた。学校側は当初、質問を「記者1人につき1問」としたが、約3時間後に学校側が打ち切るまで、質問を求める挙手がやむことはなかった。
転覆した2隻は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古移設工事の反対運動などに用いられていた移設抗議船だった。
うち1隻の「不屈」の船長で死亡した金井創(はじめ)さん(71)は牧師で、令和5年からキリスト教に基づく教育を行う同校の生徒を辺野古沖で乗船させていた。
「船長の考えで出航決めた」
16日の事故当時、沖縄本島には波浪注意報が出ており、2隻は大波の影響を受けて転覆したとみられる。17日の会見では生徒の乗船判断を最終的にだれが行ったのかという点に質問が集中。同校の西田校長は「現地で担当教員と、船長の金井牧師が相談して決めることになっていた」としながら「私どもは海のことはよく分からない部分もあるので、船長の考えで出航を決めた」と、最終判断を金井さんにほぼ一任していたことを明らかにした。
金井さんを頼みとした理由として、これまでの「信頼関係」を強調。辺野古移設の反対運動で「有名な方だった」と評しつつ、校長自身は「あいさつする程度」で、金井さんと関わってきた現場の教員が信頼を寄せていた、と語った。
過去には引率の教員が船に同乗したこともあったが、16日に現場にいた教員2人はいずれも陸側にとどまり「出航後は全然状況がつかめないままだった」と語った。
転覆した2隻については、海上運送法に基づく事業登録がされていなかったこともすでに判明。この点について西田校長は「(金井さんから)普段から観光客や修学旅行生を乗せているという話を聞いていた」としたが、事業登録の有無は「把握していない」と述べ、主体的に確認していなかったことを認めた。
事前説明で「抗議船」表現使わず
会見では、辺野古移設に賛否がある中で、平和学習として生徒を抗議船に乗船させた点にも質問が及んだ。学校側によれば、生徒や保護者に対する事前説明では、抗議船という表現を使わず「普段、基地反対を唱えている方々が乗っている船」と伝えていたという。西田校長は「辺野古のボートについては(生徒に)特定の政治思想を持たせるものではなく、現在沖縄で起きている出来事を実際の現場で知る学習の一環と位置付けている」と釈明した。