熊本地震の本震から10年「死ぬ目にあった」益城町の遺構保存会が伝える震災の教訓 鹿児島

(キャスター)

熊本地震の本震発生からきょう4月16日で10年です。記者とお伝えします。
(記者)

きょう4月16日は熊本市で犠牲者合同追悼式がありました。前震と本震をあわせ震災による死者は278人、4万3000棟以上の建物が全半壊しました。
熊本県益城町には地域の住民が保存している震災遺構があります。この場所を歩き保存会の人たちに“伝えたい思い”を聞きました。
熊本地震の本震発生から10年
熊本県益城町です。10年前の4月16日、この町を激しい揺れが襲いました。
午前1時25分、益城町では2日前に続いて震度7の揺れを観測。町内では一連の地震で住宅など6259棟が全半壊、45人が倒壊した住宅の下敷きになるなどして死亡しました。
震災遺構を保存・紹介する活動「平田震災遺構保存会」
(井村准教授)「地層が大きくずれているということは何回も(地震が)起きている」
先日、鹿児島大学・井村隆介准教授と益城町の「平田震災遺構保存会」を訪ねました。
保存会は2021年、地震の教訓を後世に伝えようと住民らが設立。平均年齢75歳のボランティア11人が7か所の震災遺構を保存・紹介する活動を行なっています。
平田地区は熊本地震を引き起こした布田川断層帯の真上にあり5人が犠牲となりました。
(平田震災遺構保存会 濱田雅之会長)「(我々は)皆、死ぬような目に遭った。災害があった時にはまず命を守らないといけないということを伝えている」
当時のままの姿…コンクリートの床に大きな亀裂
最初に訪ねたのは地元の消防団が使っていた小屋です。震災前は消防車の車庫として使われ当時のまま残されています。断層に沿って地面がずれ動いた影響でコンクリートの床に大きな亀裂が入っていました。
(ガイド 井上美喜男さん)「前震の時、平田地区はほとんど被害はなかった。本震の時に大きく(床を)引き裂いた。目の前に来て(亀裂を)のぞくことができる」
(鹿児島大学 井村隆介准教授)「こうやって残されているところしか逆に言うと残っていない。だからそういう意味で貴重なものを残してもらっているなという感じ」
当時の考えは「しばらくの間は大きな地震は起こらない」だった
こちらは保存会が中心となって調査している断層です。
(記者)「こちら削ってみると、粒が荒いのが確認できるが、こちらの断層を境に削ってみると、粒が細かくて粘土のようになっているのが確認できる」
保存会によりますと、断層に沿って地層が30センチから50センチほどずれていたことが確認されたということです。
この断層について、熊本県や地震の専門家が震災前から調査していましたが、当時は「しばらくの間は大きな地震は起こらない」という考えが主流だったといいます。
(井村隆介准教授)「(断層は)1000年前くらいに動いていれば大丈夫かなというのがそれまでの常識。実際に調べてみるともう少し短い間隔だったかもしれないということが分かってきた、というのがこの10年」
全国的に断層の調査が進んでいないのが現状
熊本地震は震源が浅く揺れが大きな「直下型地震」でした。
こちらは鹿児島県の防災計画で想定されている地震です。12か所でマグニチュード7以上の地震が想定されていてこのうち鹿児島湾や県西部など6か所が「直下型地震」です。
地震のメカニズムを知るためにも井村准教授は断層の調査の必要性を訴えますが、鹿児島を含め全国的に調査が進んでいないのが現状です。
(鹿児島大学 井村隆介准教授)「(地震が)起こると予算がつき、いろんなところで(調査を)する、でも起こったところでやっているから他のところには予算がつかず、できない」
(ガイド 坂本文隆さん)「(地震について)忘れてしまうということが(我々は)基本的にある。地震のことや地球のことを知る上で本物がないといけない。本物があるということがまず基本的に必要」
「一人ひとりが普段から防災について考えて」
熊本地震から10年。井村准教授は「一人ひとりが普段から防災について考えてほしい」と話します。
(鹿児島大学 井村隆介准教授)「研究者からこういう情報が出たらこう動けばいいではなく、普段から積極的に自分から情報を取りに行ったり、情報を作る・発信するためのことをしたりしないといけない」
取材を振り返って「“本物”を見て防災について学ぶことの重要性」
(キャスター)

取材を振り返ってあらためて何を感じましたか?
(記者)

「消防小屋」で見た地面の亀裂は深さ50センチほどで地震のエネルギーの大きさを目の当たりにしました。また、保存会の方たちは高齢で震災の記憶を後世にどうつないでいくか課題だと話していたことも印象に残っています。
震災遺構のような“本物”を見て防災について学ぶことの重要性を感じる取材でした。