「フルネームで呼ばれた瞬間、全部信じた」あと少しで“ニセ警察官詐欺”被害に… 800万円を用意した70代女性の告白

4月22日、新潟県警三条警察署。 カメラの前に現れた70代の女性は、どこにでもいる“普通のお母さん”だった。 彼女はメモを見ながら、この1か月を振り返った―
電話の相手は、郵便局員を名乗っていた。 「中国から荷物が届いています。パスポートやキャッシュカードが入っています」
身に覚えのない話だった。 だが、相手は女性のフルネームを知っていた。
「その瞬間、全部信じてしまったんです」
電話はやがて、大阪府警を名乗る男へとつながる。 「あなたの口座が犯罪に使われている」 「潔白を証明するために、資産を確認させてほしい」
70代の女性は、“捜査”に協力しなければならないと思い込んだ。
なぜ、人はここまで信じてしまうのか。
新潟県三条市の70代女性が語った、“ニセ警察官詐欺”の一部始終。 その証言には、誰もが被害者になり得る現実があった。
「なんでかな、とは思ったけど、詐欺とは結びつかなかった」
事件の始まりは、3月31日だった。 女性の自宅に、大阪の郵便局員を名乗る男から電話がかかってきた。
「中国から荷物が届いています。パスポートやキャッシュカードが入っています。取りに来られますか」
身に覚えのない話だった。 「そんなものはありません」と答えると、男はこう続けた。
「詐欺の可能性があるので電話を回します。0を押してください」
言われるままに電話を操作すると、今度は警察官を名乗る男が出た。
「詐欺で逮捕した人物の家から、あなた名義のキャッシュカードが見つかりました。被害者は19人。あなたの口座に5000万円が入っている可能性があります」
突然、自分が犯罪に関わっているかもしれないと言われた。
「なんで自分にそんな悪いことの心当たりが全然ないのに、なんでかな、という気持ちばかりでした」
驚きと不安の中で、女性は相手の話を疑うことができなかった。 何より、大きかったのは最初の一言だったという。
「電話を取った時に、フルネームで名前を言われたんです。それで、もう全部信じ切ってしまって…」
きっかけは、ほんのささいなことだった。 苗字だけではない。下の名前まで正確に呼ばれたことで、女性は「本物だ」と思い込んだ。
後から振り返れば、不審な点はいくつもあった。
荷物が届いているなら、住所は分かるはずなのに、なぜ聞くのか。 なぜ大阪府警が、自分の資産を調べる必要があるのか。
それでも、その時は「詐欺」という言葉が頭に浮かばなかった。 「なんでかな、とは思ったけど、詐欺とは全然合致しなかったんです」
在宅捜査、定時連絡、秘密保持― 生活を支配された11日間
大阪まで行くことはできないと伝えると、相手は「在宅捜査を行います」と告げた。 LINEのビデオ通話を使い、自宅にいながら捜査を進めるという説明だった。
「在宅捜査なんて聞いたことも見たこともなかったから、『何ですか?』と聞いたんです」
すると、「検察のカミヤ検事とも相談して進める」「あなたの潔白を証明するために必要だ」と繰り返された。
最初だけ、画面には相手の顔が映った。 だが、その後はほとんど顔を見せることはなかった。
「なんで顔が半分しか映らないのかな、とは思ったけど、その時はそれ以上、疑わなかった」
相手に求められたのは、通帳や資産の確認だった。
どこの金融機関に口座があるのか。 残高はいくらあるのか。 定期預金はどれくらいあるのか。
「通帳はどこにありますか、と聞かれて、あそこです、ここですって、全部答えてしまいました」
さらに、女性には2つの“ルール”が課された。
ひとつは「秘密保持」。 もうひとつは「定時連絡」だった。
「誰にも言うな」 3時間ごとのLINE“定時報告”
「これは極秘の捜査だから、絶対に誰にも言わないでください」 そう何度も念を押された。
家族にも、友人にも、誰にも話してはいけない。 誰かと会った時も、その内容を伝えてはいけない。
そして、起床時から3時間おきに、現在地や行動予定をLINEで報告するよう指示された。
朝起きたら「何時何分、自宅にいます」 「長男が2階にいます」 「これからお茶を飲みます」
そんな日常の細かな行動まで、逐一伝えた。
午前9時、正午、午後3時、6時、9時―。
「特別な予定があるわけでもないから、疑いもしなかったんです。ただ、真面目にやらなきゃと思って」
“逃亡すると困るから” そう説明され、女性は約1週間、この生活を続けた。
今振り返れば、完全に行動を支配されていた。 それでも当時は、自分が騙されているとは思わなかった。 「一生懸命、私のために潔白を証明してくれているんだと思っていました」
「リフォームということにしましょう」― 800万円を引き出すまで
事件が大きく動いたのは、4月に入り数日たった後だった。
相手は女性にこう指示した。 「定期預金を普通預金に移してください。紙幣の調査をするので、1日200万円ずつ引き出してください」
理由は「あなたの口座に犯罪資金が流れていないか確認するため」だという。 女性は、言われるままに郵便局へ向かった。
もともと1日に引き出せる上限額は決まっていたが、「上限を上げてもらってください」と指示され、その手続きまで行った。
「そう言われても、全然疑っていなかったんです。詐欺なんていう考えもなくて」
1回ではなく、何日かに分けて。 毎日同じ窓口だと目立つからと、利用する場所まで指定された。
金融機関の窓口では、大きな金額を動かす理由を聞かれる。 その“答え”まで、犯人は用意していた。
「お祝い」 「子どもへの生前贈与」 「リフォーム」
いくつか候補を示された中で、女性が「そんなので通るのかしら」と不安を口にすると、相手はこう言った。
「じゃあ、リフォームということにしましょう」
4日間で引き出した現金は、あわせて800万円にのぼった。
金融機関で見せるための“ニセのリフォーム請求書”も
さらに、リフォーム会社の請求書まで送られてきた。 「コンビニでコピーしてください」と指示され、その紙を窓口で見せた。
だが、金融機関の窓口で担当者は首をかしげた。 「この会社はありません」
その一言に、女性も一瞬、不審さを覚えた。
それでも、その場では 「データが古いからでしょうかね」 という何気ないやり取りで終わり、引き出しは続いた。
4日間で引き出した現金は、あわせて800万円にのぼった。 だが、現金を誰かに渡す話は、まだなかった。
「金庫にしまっておいてください。写真を送ってください」
そう言われ、自宅の金庫に保管し、その写真まで送った。
さらに、「自白書」のようなものまで書かされた。 自分の生い立ちや生活を振り返り、「信用してもらえるように」と文章にする。
「これじゃちょっと足りないかな」 そう言われると、相手と一緒に内容を考えながら書き直した。
「本当に、一生懸命、私のためにやってくれているんだと思っていました」
親身になって話を聞いてくれた“ニセ警察官”。 今では信じられないことだが、その時の女性にとっては、それが“本物の捜査”だった。
本物の警察官が来ても「偽物かもしれない」と思った
犯人グループは、最後まで女性を外の世界から切り離そうとしていた。 「警察を名乗る人が2人くらい行くかもしれないけど、絶対に信用しないでください。普通の態度で接してください」
そう何度も念を押されていた。
金融機関からの情報提供を受け、本物の警察官が女性の自宅を訪れた時も、女性はすぐには信じることができなかった。 「刑事さんが来ても、本物の刑事さんかなって疑っていました」
むしろ、犯人から聞かされていた通り、「やっぱり来た」という感覚の方が強かったという。
警察官から「絶対に詐欺です」と何度も説得されても、すぐには頭が追いつかなかった。
実害こそなかったものの、女性の心には『信じ切っていた』という深い衝撃が残った。 どこで、どうして自分が“マインドコントロール”されていたのか。 女性自身、今もはっきりとは分からない。
「ずっと、絶対これは詐欺じゃないと思っていたから。『なんで?』と思うことはいっぱいあったんだけど、その“なんで”が詐欺には合致しなかったんです」
あと少し遅ければ、現金は犯人の手に渡っていたかもしれない。
取材の最後、女性は同じような電話を受けるかもしれない人たちへ、こう語った。
「やっぱり、人に言わないでと言われても、誰かに相談しなきゃダメだなと思います。警察だって『言うな』なんて言わないと思うから」
「誰にも言うな、というのは、逆に言ったほうがいい。知らない電話は取らないほうがいいし、変だと思ったら、一度受話器を置いて、冷静に考えないとダメだと思います」
テレビや新聞で、特殊詐欺のニュースを見ていた。
「まさか自分が」 そう思っていた。 だからこそ、気づけなかった。
「フルネームで呼ばれた瞬間、全部信じてしまった」
その言葉は、特殊詐欺が決して“特別な誰か”の話ではないことを、静かに突きつけている。