「死を覚悟した」首まで水、1歳児抱き…家を脱出 九州北部で大雨

地鳴りのような激しい雨音に目を覚ますと、雨水は自宅に迫り、ぐんぐんと水位を上げた-。記録的な大雨となった九州北部では28日、住宅浸水や道路冠水の被害が相次いだ。大雨特別警報が出された佐賀県では河川が一時氾濫し、武雄市で広範囲にわたって冠水。大町町では病院が孤立し、近くの鉄工所から大量の油が流れ込んだ。29日以降も激しい雨が降ることが予想され、市民生活へのさらなる影響が懸念される。
「死を覚悟した。子の命を助けることだけを考えていた」。佐賀県武雄市北方町の病院職員、渡辺将人さん(30)は妻と1歳3カ月の長男の3人で、自宅の集合住宅2階で孤立状態となった。
28日未明、激しい雨音で目を覚ました妻の葵さん(30)が外を見た。用水路から水があふれ、約40分で車のマフラーが見えなくなった。
外はダム湖のようになり、長男覇翔(はると)ちゃんを連れ出せる状況ではなかった。逃げ場のない階下の男女が避難してきたため、リビングに集まり5人で救助を待った。将人さんは「自分は死ぬかもしれないが、最悪泳いで子どもだけは助ける」と決意。葵さんも「救助は来ないかもしれない」と絶望的な気持ちだった。
午前8時ごろ、ようやく最初の救助隊が到着。自衛隊の航空機が旋回しているのも見えた。昼ごろ、警察のボートで5人とも無事救助された。水は将人さんの首まで漬かる深さになっていた。
覇翔ちゃんに必要なものだけ持ち出し避難所に一時的に避難。その後、父親の享さん(62)が経営する市内の和食店に身を寄せた。極度の緊張から解放され夫婦はほっとした表情を見せた。
地区では過去2年、浸水被害があったというが、将人さんは「今回はレベルが違った」。梅雨は終わっているから大丈夫だろうとの油断もあった。「避難勧告が出たらすぐその場を離れて避難所に身を寄せる」。今回学んだ教訓だ。
同市朝日町甘久の真名子雅子さん(43)は友人からの電話で目が覚めた。時刻は午前4時27分。2、3回の呼び出し音で切れた。
たたきつけるような激しい雨。2階から玄関に下りると、目前まで水が迫っていた。急いで家族を起こし、テレビや電子ピアノ、仏壇を2階に運んだ。みるみるうちに水位が上がり、あっという間に1階が浸水。同時に停電した。
懐中電灯を頼りに家族4人と愛犬で2階へ。午前7時すぎには駐車場のマイカーが水没。車のクラクションがあちこちで鳴り響き、ガス漏れのような異臭が漂う。家族と寄り添いながら、嵐が静まるのを願った。
雨が小康状態になった午前11時半ごろ。消防団員にボートで救助され、ようやく避難所に。「生きた心地がしなかった。助かって本当に良かった」と語った。
佐賀市でも冠水被害が相次いだ。JR佐賀駅構内には朝から雨水が流れ込み、深さ5センチほど冠水。始発から全線で運転見合わせとなり、ベンチに座って運転再開を待つ人の姿が目立った。百貨店や銀行などが並ぶ市街地では、水没して動かなくなった車の前で運転手が立ち尽くし、浸水した店舗では店主たちが懸命に水をかき出していた。